・・・と答えたが、その実、素人劇の脚本を昨年頼まれて書き演出もした。満更でもないと思った。いろいろ楽みで、なかなか死ねないと思う。 織田作之助 「わが文学修業」
・・・その津田君が躍起になるまで弁護するのだから満更の出鱈目ではあるまい。余は法学士である、刻下の事件をありのままに見て常識で捌いて行くよりほかに思慮を廻らすのは能わざるよりもむしろ好まざるところである。幽霊だ、祟だ、因縁だなどと雲を攫むような事・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・すれば礼ならず、礼ならんと欲すれば孝ならず、やむなくんば退却か落車の二あるのみと、ちょっとの間に相場がきまってしまった、この時事に臨んでかつて狼狽したる事なきわれつらつら思うよう、できさえすれば退却も満更でない、少なくとも落車に優ること万々・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・と云ったところでこう見えても、満更好意も人情も無いわがまま一方の男でもない。打ち明けたところを申せば今度の講演を私が断ったって免職になるほどの大事件ではないので、東京に寝ていて、差支があるとか健康が許さないとか何とかかとか言訳の種を拵えさえ・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・その金色の髪の主となら満更嫌でもあるまい」と丸テーブルの上を指す。テーブルの上にはクララの髪が元の如く乗っている。内懐へ収めるのをつい忘れた。ウィリアムは身を伸したまま口籠る。「鴉に交る白い鳩を救う気はないか」と再び叢中に蛇を打つ。・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・一本で夫程長く使えるものが日に百本も出ると云えば万年筆を需用する人の範囲は非常な勢を以て広がりつつあると見ても満更見当違いの観察とも云われない様である。尤も多い中には万年筆道楽という様な人があって、一本を使い切らないうちに飽が来て、又新しい・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・けれども一日の旅行を終りて草臥れ直しの晩酌に美酒佳肴山の如く、あるいは赤襟赤裾の人さえも交りてもてなされるのは満更悪い事もあるまい。しかしこの記者の目的は美人に非ず、酒に非ず、談話に非ず、ただ一意大食にある事は甚だ余の賛成を表する所である。・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
出典:青空文庫