・・・世間は既に政治小説に目覚めて、欧米文学の絢爛荘重なるを教えられて憧憬れていた時であったから、彼岸の風を満帆に姙ませつつこの新らしい潮流に進水した春廼舎の『書生気質』はあたかも鬼ガ島の宝物を満載して帰る桃太郎の舟のように歓迎された。これ実に新・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ その日の午後、いまは全く呉王廟の神烏の一羽になりすまして、往来の舟の帆檣にたわむれ、折から兵士を満載した大舟が通り、仲間の烏どもは、あれは危いと逃げて、竹青もけたたましく鳴いて警告したのだけれども、魚容の神烏は何せ自由に飛翔できるのが・・・ 太宰治 「竹青」
・・・一時ちかくなって、来た、来たという叫びが起って、間もなく兵隊を満載したトラックが山門前に到着した。T君は、ダットサン運転の技術を体得していたので、そのトラックの運転台に乗っていた。私は、人ごみのうしろから、ぼんやり眺めていた。「兄さん」・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ あの言葉、この言葉、三十にちかき雑記帳それぞれにくしゃくしゃ満載、みんな君への楽しきお土産、けれども非運、関税のべら棒に高くて、あたら無数の宝物、お役所の、青ペンキで塗りつぶされたるトタン屋根の倉庫へ、どさんとほうり込まれて、ぴし・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ 褐色の道路を、糧餉を満載した車がぞろぞろ行く。騾車、驢車、支那人の爺のウオウオウイウイが聞こえる。長い鞭が夕日に光って、一種の音を空気に伝える。路の凸凹がはげしいので、車は波を打つようにしてガタガタ動いていく。苦しい、息が苦しい。こう・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・の一場面で食卓の上にすみれの花を満載した容器が置いてある、それをアリアーネが鼻をおっつけて香をかいだりいじり回したりするのであるが、はじめは自分にはそれがなんだかよくわからなくて、葡萄でも盛ったくだもの鉢かと思っていた。そのうちに女がまたこ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・その絵の一つが英国の田舎の風景で、その中に乗客を満載した一台の郵便馬車が進行している。前世紀の中ごろあたりの西洋といえば想像されるような特別な世界が、この方四五寸の彩色美しい絵の中に躍動しているのである。この小さな菓子箱のふたを通してのぞい・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・いつか朝日グラフにいろいろな草の写真とその草の薬効とが満載されているのを見て実に不思議な気がした。大概の草は何かの薬であり、薬でない草を捜すほうが骨が折れそうに見えるのである。しかしよく考えてみるとこれは何も神様が人間の役に立つためにこんな・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ 日本の科学雑誌が色々ある、中には科学の抜殻だけを満載して中実は空虚なのもあるようである。そういうような雑誌で西洋人の研究発見発明などは下らぬものまで紹介しているが、日本の学者の面白い研究が正当に紹介される事は極めて稀である。たまたま紹・・・ 寺田寅彦 「雑感」
・・・を無事に過ごしたあとの長閑さもまた一入でわれわれの想像出来ないものがあるであろうと思いながら、夕刊第二頁をあけると、そこには、教育界の腐敗、校長の涜職事件や東京市会と某会社をめぐる疑獄に関する記事とが満載されている。これらの記事がもし半分で・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
出典:青空文庫