・・・ 一切の準備の終った時、役人の一人は物々しげに、三人の前へ進みよると、天主のおん教を捨てるか捨てぬか、しばらく猶予を与えるから、もう一度よく考えて見ろ、もしおん教を捨てると云えば、直にも縄目は赦してやると云った。しかし彼等は答えない。皆・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・が、机に向って見ても、受験の準備は云うまでもなく、小説を読む気さえ起らなかった。机の前には格子窓がある、――その窓から外を見ると、向うの玩具問屋の前に、半天着の男が自転車のタイアへ、ポンプの空気を押しこんでいた。何だかそれが洋一には、気忙し・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・妻の勤労のお蔭で一冬分の燃料にも差支ない準備は出来た。唯困るのは食料だった。馬の背に積んで来ただけでは幾日分の足しにもならなかった。仁右衛門はある日馬を市街地に引いて行って売り飛ばした。そして麦と粟と大豆とをかなり高い相場で買って帰らねばな・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・結局彼は人間の精神的要求が完全し満足される環境を、物質価値の内容、配当、および使用の更正によって準備しうると固く信じていた人であって、精神的生活は唯物的変化の所産であるにすぎないから、価値的に見てあまり重きをおくべき性質のものではないと観じ・・・ 有島武郎 「想片」
・・・火星じゃ君、俳優が国王よりも権力があって、芝居が初まると国民が一人残らず見物しなけやならん憲法があるのだから、それはそれは非常な大入だよ、そんな大仕掛な芝居だから、準備にばかりも十カ月かかるそうだ』『お産をすると同じだね』『その俳優・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・十分に準備を整えて出向ったであります。果して、対岸に真紅な鳥が居る。撃ったであります。銃の命中したその鳥は、沼の中心へ落ちたであります。従って高級なる猟犬として泳いだのであります。」 と明確に言った。 のみならず、紳士の舌には、斑が・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・出掛けしなに妻や子供たちにも、いざという時の準備を命じた。それも準備の必要を考えたよりは、彼らに手仕事を授けて、いたずらに懊悩することを軽めようと思った方が多かった。 干潮の刻限である為か、河の水はまだ意外に低かった。水口からは水が随分・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・椿岳の画は大抵一気呵成であるが、椿岳の一気呵成には人の知らない多大の準備があったのだ。 椿岳が第一回博覧会に出品した画は恐らく一生に一度の大作であろう。一体椿岳が博覧会に出品するというは奇妙に感ずるが、性来珍らし物好きであったから画名を・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 考え深い、また臆病な人たちは、たとえその準備に幾年費やされても十分に用意をしてから、遠い幸福の島に渡ることを相談しました。 それからというものは、みんなは働くことに張り合いを得ました。あるものは、海を渡る船について工夫を凝らしまし・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・の運命に違いないという気が強くされて―― 彼は、子供等が庭へ出て居り、また丁度細君も使いに行ってて留守だったのを幸い、台所へ行って擂木で出来るだけその凹みを直し、妻に見つかって詰問されるのを避ける準備をして置かねばならなかった。 そ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫