・・・公休日というものも設けず、毎日せっせと精出したから、無駄費いもないままに、勢い溜まる一方だった。柳吉は毎日郵便局へ行った。体のえらい商売だから、柳吉は疲れると酒で元気をつけた。酒をのむと気が大きくなり、ふらふらと大金を使ってしまう柳吉の性分・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・亭主と息子は時々店の品物に溜まる街道の塵をはたいている。主婦や娘は台所で立働いているのを裏口の方から見かける事があるが、一体に何処となく陰気なこの家内のさまは、日を経るに従うて自分の眼に映る。主婦は時々鉢巻をして髪を乱して、いかにも苦しそう・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・秋の末で、南向きの広間の前の庭に、木葉が掃いても掃いても溜まる頃であった。丁度土曜日なので、花房は泊り掛けに父の家へ来て、診察室の西南に新しく建て増した亜鉛葺の調剤室と、その向うに古い棗の木の下に建ててある同じ亜鉛葺の車小屋との間の一坪ばか・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・「殖えられて溜まるものか」と、犬塚は叱るように云って、特別に厚く切ってあるらしい沢庵を、白い、鋭い前歯で咬み切った。「木村君、どうだろう」と、山田は不安らしい顔を右隣の方へ向けた。「先ずお国柄だから、当局が巧に柁を取って行けば、・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・「ええ。」「お前さんの外にも、冬になってあの家にいる人があるかね。」「わたくしの外には誰もいません。」 己はぞっとしてエルリングの顔を見た。「溜まるまいじゃないか。冬寒くなってから、こんな所にたった一人でいては。」 エルリン・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫