・・・されど貴下は溺愛の余り……」 今西の顔はこの瞬間、憎悪そのもののマスクであった。 鎌倉。 陳の寝室の戸は破れていた。が、その外は寝台も、西洋せいようがやも、洗面台も、それから明るい電燈の光も、ことごとく一瞬間以前と同じであっ・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・生活を、生活の感触を、溺愛いたします。女が、お茶碗や、きれいな柄の着物を愛するのは、それだけが、ほんとうの生き甲斐だからでございます。刻々の動きが、それがそのまま生きていることの目的なのです。他に、何が要りましょう。高いリアリズムが、女のこ・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・長男の一彰さんという人は、予備校のどこかへ通っている十六の年、脚気になった。溺愛していた祖母、母の母が、金をもたせて熱海へ湯治にやった。明治のはじめ、官員の若様が金をもって熱海へ来たのであったから、とりまきがついてお酌をあてがった。それがは・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・ ベルナール氏の娘への溺愛について、かくされた貧困について。 当時のイギリス文学がバルザックに与えた影響。サッカレディケンズバイロン(「皮」?) ブルターニュ 木菟党をよむ。深く・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・ですからまことに、歴史的に見て興味があり、子供との関係でも、母から溺愛的に愛された子は、何かしら母が無条件に愛せる弱いところをもっていて、私のように母と互に愛しあいながらも、この人生についての考え方、生き方で、対立したものは蹴落された虎の子・・・ 宮本百合子 「わが母をおもう」
出典:青空文庫