・・・一人の私服警官が粉煙草販売者を引致してゆく途中、小路から飛び出して来た数名がバラバラツと取りかこみ、各自手にした樫棒で滅茶苦茶に打ち素手の警官はたちまちぶつ倒れて水溜りに顔を突つ込んだ。死んだやうになつてゐた数秒、しかし再び意識をとり戻した・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・だから、第一手に端の歩を突くのは、まるで滅茶苦茶で、乱暴といおうか、気が狂ったといおうか、果して相手の木村八段は手抜きをした。坂田は後手だったから、ここで手抜きされると、のっけから二手損になるのだ。攻撃の速度を急ぐ相懸り将棋の理論を一応完成・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・「こんなスカタンな、滅茶苦茶な戦争されて、一時間のちの命もわからんようなことにされながら、いくら兵隊さんにでも、へいと言って出せるもんですか」 そう言われると、二人は、「自分たちもそう思います」 と、うっかりそう答えてしまい・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・うならば所謂坂田の将棋の性格、たとえば一生一代の負けられぬ大事な将棋の第一手に、九四歩突きなどという奇想天外の、前代未聞の、横紙破りの、個性の強い、乱暴な手を指すという天馬の如き溌剌とした、いやむしろ滅茶苦茶といってもよいくらいの坂田の態度・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・いそいそとした蝶子を見るなり「阿呆やな、お前の一言で何もかも滅茶苦茶や」不機嫌極まった。手切金云々の気持を言うと、「もろたら、わいのもらう金と二重取りでええがな。ちょっとは慾を出さんかいや」なるほどと思った。が、おきんの言葉はやはり胸の中に・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・そして自分の家来にする。そして滅茶苦茶にコキ使う。厭なことばかしさせる。終いにはさすがの悪魔も堪え難くなって、婆さんの処を逃げ出す。そして大きな石の下なぞに息を殺して隠れて居る。すると婆さんが捜しに来る。そして大きな石をあげて見る、――いや・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・波伯部は戸倉を打って四十二歳で殺された主の仇を復したが、管領の細川家はそれからは両派が打ちつ打たれつして、滅茶苦茶になった。 政元は魔法を修していた長い間に何もしなかったのではない。ただ足利将軍の廃立をしたり、諸方の戦をしたりしていた。・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・やがてあの人は宮に集る大群の民を前にして、これまで述べた言葉のうちで一ばんひどい、無礼傲慢の暴言を、滅茶苦茶に、わめき散らしてしまったのです。左様、たしかに、やけくそです。私はその姿を薄汚くさえ思いました。殺されたがって、うずうずしていやが・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・ご主人が南洋の島においでになった後でも、生活のほうは、奥さまのお里から充分の仕送りもあって、わりに気楽で、物静かな、謂わばお上品なくらしでございましたのに、あの、笹島先生などが見えるようになってから、滅茶苦茶になりました。 この土地は、・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・それにまた、味の素を振りかけるとは滅茶苦茶だ。田島は悲痛な顔つきになる。七枚の紙幣をろうそくの火でもやしたって、これほど痛烈な損失感を覚えないだろう。実に、ムダだ。意味無い。 山盛りの底のほうの、代用味の素の振りかかっていない一片のカラ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
出典:青空文庫