・・・ 心弱き女房も、直ちにこれを、怪しき海の神の、人を漁るべく海から顕われたとは、余り目のあたりゆえ考えず。女房は、ただ総毛立った。 けれども、厭な、気味の悪い乞食坊主が、村へ流れ込んだと思ったので、そう思うと同時に、ばたばたと納戸へ入・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・白き家鴨、五羽ばかり、一列に出でて田の草の間を漁る。行春の景を象徴するもののごとし。馬士 (樹立より、馬を曳いて、あとを振向きつつ出づ。馬の背に米俵ああ気味の悪い。真昼間何事だんべい。いや、はあ、こげえな時、米が砂利になるではねえか・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・興津を過ぐる頃は雨となりたれば富士も三保も見えず、真青なる海に白浪風に騒ぎ漁る船の影も見えず、磯辺の砂雨にぬれてうるわしく、先手の隧道もまた画中のものなり。 此処小駅ながら近来海水浴場開けて都府の人士の避暑に来るが多ければ次第に繁昌する・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ サラサラした水は快く彼等の軟い胸毛を濡して、鯱鉾立ちをする様にして、川床の塵の間を漁る背中にたまった水玉が、キラキラと月の光りを照り返した。 バシャバシャと云う水のとばしる音、濡れそぼけて益々重くなった羽ばたきの音、彼等の口から思・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
・・・に下ってくる篝火の下で、演じられた光景を見たときも感じたことだが、一人のものが十二羽の鵜の首を縛った綱を握り、水流の波紋と闘いつつ、それぞれに競い合う本能的な力の乱れを捌き下る、間断のない注意力で鮎を漁る熟練のさ中で、ふと私は流れる人生の火・・・ 横光利一 「鵜飼」
出典:青空文庫