・・・フロイライン・メルレンドルフの演奏会へも顔を出すつもりだった。けれども六十何銭かの前には東京行それ自身さえあきらめなければならぬ。「明日よ、ではさようなら」である。 保吉は憂鬱を紛らせるために巻煙草を一本啣えようとした。が、手をやっ・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・名曲など下手な演奏者の手にかかると、ひとからその名曲が与える真のよろこびを取り去ってしまうものである。 しかし、繰りかえし読むと言っても、その書物の入手しがたいこともある。そういう時は僕は縁のないものと諦めてしまい、千里を近しとしてその・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・ 審査に立ち合ったクロイツァーは、「自分は十三歳のエルマンの演奏を聴いたことがあるが、エルマンはその時、この少女以上にも、以下にも弾かなかった」 と、激賞した。また、レオ・シロタは、「ハイフェッツにしても、この年でこの位弾け・・・ 織田作之助 「道なき道」
ある秋仏蘭西から来た年若い洋琴家がその国の伝統的な技巧で豊富な数の楽曲を冬にかけて演奏して行ったことがあった。そのなかには独逸の古典的な曲目もあったが、これまで噂ばかりで稀にしか聴けなかった多くの仏蘭西系統の作品が齎らされ・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・それは、よく廻った独楽が完全な静止に澄むように、また、音楽の上手な演奏がきまってなにかの幻覚を伴うように、灼熱した生殖の幻覚させる後光のようなものだ。それは人の心を撲たずにはおかない、不思議な、生き生きとした、美しさだ。 しかし、昨日、・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
・・・昨年の晩秋、ヨオゼフ・シゲティというブダペスト生れのヴァイオリンの名手が日本へやって来て、日比谷の公会堂で三度ほど演奏会をひらいたが、三度が三度ともたいへんな不人気であった。孤高狷介のこの四十歳の天才は、憤ってしまって、東京朝日新聞へ一文を・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・充分な情緒と了解をもってモザルト、シューマン、バッハなどを演奏する……。」 私が初めてアインシュタインの写真を見たのはK君のところでであった。その時に私達は「この顔は夢を見る芸術家の顔だ」というような事を話し合った。ところがこの英国の新・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
チャイコフスキーの「秋の歌」という小曲がある。私はジンバリストの演奏したこの曲のレコードを持っている。そして、折にふれて、これを取り出して、独り静かにこの曲の呼び出す幻想の世界にわけ入る。 北欧の、果てもなき平野の奥に・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・の石段を下りて来る図や、密航船の荷倉で人参をかじる図なども純粋に挿画的である。 三 管弦楽映画 ベルリンフィルハルモニーにおける「地獄のオルフォイス」と「カルメン」の演奏を写したものであったが、これを見ながら聴きな・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・ 三 別れの曲 ショパンがパリのサロンに集まった名流の前で初演奏をしようとする直前に、祖国革命戦突発の飛報を受取る。そうして激昂する心を抑えてピアノの前に坐り所定曲目モザルトの一曲を弾いているうちにいつか頭が変にな・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
出典:青空文庫