・・・たとえば、音楽の演奏会の批評などは、その時に聞かなかった聴衆にはナンセンスである。生け花展覧会の批評などもややこれに類している。映画の批評となると、まさかそれほどでもないかもしれないが、大多数の映画の大衆観客にとっての生命はひと月とはもたな・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・たとえば音楽にしても聞き慣れたラルゴの曲をプレストで演奏したらもはや何人もそれが何であるかを再認することはできないであろう。またもし蓄音機の盤を正常な速度の二倍あるいは半分の速度で回転させれば単に曲のテンポが変わるのみならず、音程は一オクテ・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
何年頃であったか忘れてしまったが、先生の千駄木時代に、晩春のある日、一緒に音楽学校の演奏会に行った帰りに、上野の森をブラブラあるいて帰った。 その日の曲目の内に管弦楽で蛙の鳴声を真似するのがあった、それはよほど滑稽味を・・・ 寺田寅彦 「蛙の鳴声」
・・・ 二 雅楽 友人の紹介によって、始めて雅楽の演奏というものを見聞する機会を得た。 それは美しい秋晴の日であったが、ちょうど招魂社の祭礼か何かの当日で、牛込見附のあたりも人出が多く、何となしにうららかに賑わってい・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 三島神社の近くでだいぶゆすぶられたらしい小さなシナ料理店から強大な蓄音機演奏の音波の流れ出すのが聞こえた。レコードは浅草の盛り場の光景を描いた「音画」らしい、コルネット、クラリネットのジンタ音楽に交じって花屋敷を案内する声が陽気にきこ・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・上野の音楽学校に開かれる演奏会の切符を売る西洋の楽器店は、二軒とも人の知っている通り銀座通りにある。新しい美術品の展覧場「吾楽」というものが建築されたのは八官町の通りである。雑誌『三田文学』を発売する書肆は築地の本願寺に近い処にある。華美な・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ 大道具の頭の外に、浅草では作曲家S氏とわたくしの作った歌劇『葛飾情話』演奏の際、ピアノをひいていた人も死んだそうである。その家は公園から田原町の方へ抜ける狭い横町であったがためだという話である。観客から贔屓の芸人に贈る薬玉や花環をつく・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・ わたくしが帝国劇場にオペラの演奏せられるたびたび、殆毎夜往きて聴くことを娯しみとなしたのは、二十余年前笈を負うて遠く西洋に遊んだ当時のことが歴々として思返されるが故である。ミュッセの詩に言われた如く、オペラはわたくしに取っては「曾て聴・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・西洋へ帰りたくはありませんかと尋ねたら、それほど西洋が好いとも思わない、しかし日本には演奏会と芝居と図書館と画館がないのが困る、それだけが不便だと云われた。一年ぐらい暇を貰って遊んで来てはどうですと促がして見たら、そりゃ無論やって貰える、け・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・その時に私の知った人が演奏台に立って歌をうたいました。私は招待を受けて一番前の列の真中にいて聴いていました。ところがその歌は下手でした。私は音楽を聞く耳も何も持たない素人ではあるがその人のうたいぶりはすこぶる不味いように感じました。あとでそ・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
出典:青空文庫