・・・(まとまりのある詩すなわち文芸上の哲学は、演繹的には小説となり、帰納的には戯曲となる。詩とそれらとの関係は、日々の帳尻そうして詩人は、けっして牧師が説教の材料を集め、淫売婦がある種の男を探すがごとくに、何らかの成心をもっていてはいけない。・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・それでさえ支那でも他の邦でも、それに病災を禳い除く力があると信じたり、あるいはまたこれを演繹して未来を知ることを得るとしたりしている。洛書というものは最も簡単なマジックスクェアーである。それが聖典たる易に関している。九宮方位の談、八門遁甲の・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ただこれだけの断片から彼の文化観を演繹するのは早計であろうが、少なくも彼が「石炭文明」の無条件な謳歌者でない事だけは想像される。少なくも彼の頭が鉄と石炭ばかりで詰まっていない証拠にはなるかと思う。 彼はまだこれからが働き盛りである。・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ただ小説の場合には方則があまりに複雑であって演繹の結果が単義的でなく、答解が幾通りでもあるに反して、理学の場合にはそれがただ一つだという点に著しい区別がある。それはとにかくとして小説家が架空の人物を描き出してそれら相互の間に起こる事件の発展・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・そうして得た結果がいったい何に役立つか弟子自身には見当のつかない場合に、先生がそれを使ってともかくも一つのまとまった帰納とそれからの演繹をすることに成功したとすれば、この場合は明白に先生が陶工であり弟子は陶土の供給者でなければならない。それ・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ 西鶴の人間に関する観察帰納演繹の手法を例示するものとしてはまた『織留』中の「諸国の人を見しるは伊勢」に、取付虫の寿林、ふる狸の清春という二人の歌比丘尼が、通りがかりの旅客を一見しただけですぐにその郷国や職業を見抜く、シャーロック・ホー・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・が何であるかということを本文の内容から分析的に帰納演繹して、それがどうしても「メヒシバ」でなければならないという結論に達した、その推理の径路を一冊の論文に綴って、それにこの植物のさくようまで添えたものを送ってよこされた人があって、すっかり恐・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・そういうものの存在はもちろん仮定であろうが、それを出発点として成立した物理学の学説は畢竟比較的少数の仮定から論理的演繹によって「観測されうる事象」を「説明」する系統である。この目的が達せられうる程度によって学説の相対的価値が定まる。この目的・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・そうしてそれらの世襲知識を整理し帰納し演繹してこの国土に最も適した防災方法を案出し更にまたそれに改良を加えて最も完全なる耐風建築、耐風村落、耐風市街を建設していたのである。そのように少なくも二千年かかって研究しつくされた結果に準拠して作られ・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・科学者が既知の方則を材料として演繹的にこのような実験を行って一つの新しい原理などを構成すると同様に、南画家はまた一種の実験を行ってそこに一つの新しい芸術的の世界を構成し現出せしめるのである。画としての生命はむしろここにあるのであるまいか。科・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
出典:青空文庫