・・・この間に桜の散っていること、鶺鴒の屋根へ来ること、射的に七円五十銭使ったこと、田舎芸者のこと、安来節芝居に驚いたこと、蕨狩りに行ったこと、消防の演習を見たこと、蟇口を落したことなどを記せる十数行それから次手に小説じみた事実談を一つ報告しまし・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・「就いては演習の題目に佐佐木茂索氏の新著『春の外套』を出しますから、来週までに佐佐木氏の作品へ『半肯定論法』を加えて来て下さい。いや、『全否定論法』を加えることは少くとも当分の間は見合せなければなりません。佐佐木氏は兎に角声名のある新進・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 四三 発火演習 僕らの中学は秋になると、発火演習を行なったばかりか、東京のある聯隊の機動演習にも参加したものである。体操の教官――ある陸軍大尉はいつも僕らには厳然としていた。が、実際の機動演習になると、時々命令に間・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・雪で束ねたようですが、いずれも演習行軍の装して、真先なのは刀を取って、ぴたりと胸にあてている。それが長靴を高く踏んでずかりと入る。あとから、背嚢、荷銃したのを、一隊十七人まで数えました。 うろつく者には、傍目も触らず、粛然として廊下を長・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・と云うて命令しとる様な様子が何やらおかしい思われた。演習に行てもあないに落ち付いておられん。人並みとは違た様子や。して、倒れとるものが皆自分の命令に従ごて来るつもりらしかった。それが大石軍曹や。」 友人は不思議ではないかと云わぬばかりに・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ちょうど県下に陸軍の大演習があって、耕吉の家の前の国道を兵隊やら馬やらぞろぞろ通り過ぎていた。そうしたある朝耕吉は老父の村から汽車に乗り、一時間ばかりで鉱山行きの軽便鉄道に乗替えた。 例の玩具めいた感じのする小さな汽罐車は、礦石や石炭を・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・蹄で落葉を蹶散らす音、これは騎兵演習の斥候か、さなくば夫婦連れで遠乗りに出かけた外国人である。何事をか声高に話しながらゆく村の者のだみ声、それもいつしか、遠ざかりゆく。独り淋しそうに道をいそぐ女の足音。遠く響く砲声。隣の林でだしぬけに起こる・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・毎朝点呼から消燈時間まで、勤務や演習や教練で休むひまがない。物を考えるひまがない。工場や、農村に残っている同志や親爺には、工場主の賃銀の値下げがある。馘首がある。地主の小作料の引上げや、立入禁止、又も差押えがある。労働者は、働いても食うこと・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・太鼓演習、──兵卒を二人向いあって立たせ、お互いに両手で相手の頬を、丁度太鼓を叩くように殴り合いをさせること。 そのほか、いろ/\あった。 上官が見ている前でのみ真面目そうに働いてかげでは、サボっている者が、つまりは得である。く・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・予備兵の演習召集か何かで訓練を受けていたのであろう。中畑さんが兵隊だったとは、実に意外で、私は、しどろもどろになった。中畑さんは、平気でにこにこ笑い、ちょっと列から離れかけたので私は、いよいよ狼狽して、顔が耳元まで熱くなって逃げてしまった。・・・ 太宰治 「帰去来」
出典:青空文庫