・・・「やはり十銭漫才や十銭寿司の類なの?」 帰るといったものの暫らく歩けそうになかったし、マダムへの好奇心も全く消えてしまっていたわけではない。「風俗壊乱」の文士らしく若気の至りの放蕩無頼を気取って、再びデンと腰を下し、頬杖ついて聴けば・・・ 織田作之助 「世相」
・・・何も寄席だからわるいというわけではないが、矢張り婚約の若い男女が二人ではじめて行くとすれば、音楽会だとかお芝居だとかシネマだとか適当な場所が考えられそうなもの、それを落語や手品や漫才では、しんみりの仕様もないではないか、とそんなことを考えて・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・「洒落は漫才師でも言うぜ」 いい気になるなと、豹吉はうそぶいた。「あはは……」 男ははじめて笑って、「――洒落もお洒落もあんまり好きやないが、洒落でも言ってんと、日が暮れん。釣もそうやが……」「ほな、失業して暇だらけ・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ すし屋を出て、それから漫才館にはいった。満員で坐れなかった。入口からあふれるほど一ぱいのお客が押し合いへし合いしながら立って見ていて、それでも、時々あはははと声をそろえて笑っていた。客たちにもまれもまれて、かず枝は、嘉七のところから、・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・吉本興業のような漫才発明の興行者から、今度除名された講談社まで、彼等の尨大な富は、地方を文化の市場として、地方の低さを餌食にして、築き上げられたのである。 都会の文化と地方の文化とは分裂させられていた。企業家にとって、地方は、文化的殖民・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・ この時期ナンセンスな流行歌と漫才とエノケン、ロッパの大流行をみたのは、人心のどんな波動を語っていたのだろう。 ヒューマニズムの歴史性そのものが内包していた方向から目をそらして無制約に人間中心の唱えられたことは、文学に雑多な個別的な・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・生活と文学の深い根がここにある。漫才や軽音楽やカストリ小説の、時にとってはおもしろいかもしれないけれども、感覚の中をただ通りすぎてゆく間だけの気紛らしとは全く質のちがう文学の存在意義がある。 モーパッサンの「女の一生」は、こんにちも・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
・・・民衆の文学が、わかりやすく書くとか、民衆が浅草の漫才を見て笑っている顔を見よ現実の批判精神などを彼らは必要としていない、という風に云い出された所以もそこにあった。 社会的要素の導き入れの要求から長篇小説のことがいわれ、それは作品行動でも・・・ 宮本百合子 「平坦ならぬ道」
出典:青空文庫