・・・日本人が書いたのでは、七十八日遊記、支那文明記、支那漫遊記、支那仏教遺物、支那風俗、支那人気質、燕山楚水、蘇浙小観、北清見聞録、長江十年、観光紀游、征塵録、満洲、巴蜀、湖南、漢口、支那風韻記、支那――編輯者 それをみんな読んだのですか?・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・ さてこれは小宮山良介という学生が、一夏北陸道を漫遊しました時、越中の国の小川という温泉から湯女の魂を託って、遥々東京まで持って参ったというお話。 越中に泊と云って、家数千軒ばかり、ちょっと繁昌な町があります。伏木から汽船に乗ります・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・、ぶらりぶらりとした身の中に、もだもだする心を抱きながら、毛繻子の大洋傘に色の褪せた制服、丈夫一点張りのボックスの靴という扮装で、五里七里歩く日もあれば、また汽車で十里二十里歩く日もある、取止めのない漫遊の旅を続けた。 憫むべし晩成先生・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・この画家は欧羅巴を漫遊して帰ると間もなく眺望の好い故郷の山村に画室を建てたが、引込んで研究ばかりしていられないと言っては、やって来た。 高瀬はこの人が来ると、百姓画家のミレエのことをよく持出した。そして泉から仏蘭西の田舎の話を聞くのを楽・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・立ちがけに、広瀬さんが支那の方へ漫遊を思い立っていて遠からずそれが実行されるであろうこと、その広瀬さんが帰って来る頃にはどれ程この食堂が発展するやも知れないことを母に語り聞かせた。「そんなら、お前さんはもう未練はないのかい――あの小竹の・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・○水戸黄門、諸国漫遊は、余が一生の念願也。○私は尊敬におびえている。○没落ばんざい。○パスカルを忘れず。○芸娼妓の七割は、精神病者であるとか。「道理で話が合うと思った。」○誰か見ている。○みんないいひとだと私は思・・・ 太宰治 「古典風」
・・・しかしそれに世界を漫遊させる程、おうような評議会を持っている銀行は、先ずウィインにも無い。 * * * 文士珈琲店の客は皆知り合いである。その中に折々来る貴族が二人あった。それが来るの・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・教授用フィルムに簡単な幻燈でも併用すれば、従来はただ言葉の記載で長たらしくやっている地理学などの教授は、世界漫遊の生きた体験にも似た活気をもって充たされるだろう。そして地図上のただの線でも、そこの実景を眼の当りに経験すれば、それまでとはまる・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・ 英国人サー・アーノルドの漫遊記、また英国公使フレザー夫人の著書の如きは、共に明治廿二、三年のころの日本の面影を窺わしめる。 わたくしはラフカヂオ・ハーンが『怪談』の中に、赤坂紀の国坂の暗夜のさま、また市ヶ谷瘤寺の墓場に藪蚊の多かっ・・・ 永井荷風 「西瓜」
○こう生きて居たからとて面白い事もないから、ちょっと死んで来られるなら一年間位地獄漫遊と出かけて、一周忌の祭の真中へヒョコと帰って来て地獄土産の演説なぞは甚だしゃれてる訳だが、しかし死にッきりの引導渡されッきりでは余り有難くないね。けれ・・・ 正岡子規 「墓」
出典:青空文庫