・・・何がさて空想で眩んでいた此方の眼にその泪が這入るものか、おれの心一ツで親女房に憂目を見するという事に其時はツイ気が付かなんだが、今となって漸う漸う眼が覚めた。 ええ、今更お復習しても始まらぬか。昔を今に成す由もないからな。 しかし彼・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 十九にもなったものを只食わしては置けないと云うので、あらんかぎりの努力をして漸う専売局の極く極く下の皆の取り締りにしてもらったのは、良吉のひどい骨折りであった。 免職されない代り、目立ってもらうものが増えもしない。 何をしても・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 私の魂はこのかすかな生を漸う保って居る哀れな妹の上にのみ宿って供に呼吸し共に喘いで居る。 私の手の中に刻々に冷えまさる小さい五本の指よ、神様! 私はたまらなくなった。 酔った様に部屋を出た。行く処もない。私は恐ろしさに震き・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 長年の勉強と努力で、漸う出来た私の智慧の庫を、この児は、生れながらにして至極小さくはあるが持って居る。勝れた利口に育ってくれる事は確かである。 私は、どうしても、好い自慢の出来る児に仕立てあげなければ……。 あんまり可愛がりす・・・ 宮本百合子 「暁光」
二日も降り続いて居た雨が漸う止んで、時候の暑さが又ソロソロと這い出して来た様な日である。 まだ乾き切らない湿気と鈍い日差しが皆の心も体も懶るくさせて、天気に感じ易い私は非常に不調和な気分になって居た。 一日中書斎に・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・「漸う分りました。此処からです。此処から入ったんです。 間違いなく此処です。 そら、斯う鍵が掛って居ますねそれを斯う分けましょう。そして、錠を突あげると何でもなく明いてしまう。奴等あ何と云ったって、本職なんですからな。・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・殆ど一日居る学校などでは、あんまり人が多勢すぎたり、違った気持ばかりが集って、遠慮で漸う無事に居ると云う様なのがいやなので、あんまり人とも一緒に喋らない様に出来るだけ静かな気持を保つ様にして居るので、かなりゆとりのある自分の家の裏を、暮方本・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
出典:青空文庫