・・・ ターニャは日に日にゆっくり歩くようになり、あおい瞳や潤いある唇に張りきって重い大果物のような美しさを現した。寝たきりでいる視野の前に三尺だけひらいている廊下を横切って、金髪を輝かせながらゆっくりターニャの白いふくらんだ姿が通ると、日本・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・トラムの演じた集団化のアジプロ劇は政治的な問題を極く見易い農村の日常的事件の中に盛り込んで潤いのある情熱的な演出だった。難かしいことを云えば技術的に未だ未熟だし、田舎臭いところもありはするがトラムにはそう云う欠点を片端から克服して行くだけの・・・ 宮本百合子 「ソヴェト「劇場労働青年」」
・・・片町の家には只空地があるばかりで、我々が素人の好みで、ぽつぽつ植込んだ植木が僅かに潤いを与えて居る位である。 無言のうちに少しなだめられて、二人は、ずっと、門傍の木戸から、奥に行って見た。此方にも鍵なりの地面があり、棕櫚や梧桐、楓らしい・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・そのとき干した貝が水にほとびるように、両方の目に潤いが出た。女は目があいた。「厨子王」という叫びが女の口から出た。二人はぴったり抱き合った。大正四年一月 森鴎外 「山椒大夫」
・・・その時あのギョロリとした眼が一種の潤いを帯び、ふてぶてしい頬に感に堪えぬような表情が浮かんだ。それを見て我々はなるほどと合点が行ったのである。 また奈良の薬師寺の三尊について語ったとき、先生はいきなり、「あの像をまだ見ない人があるなら私・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
・・・雨がふると幹の色はしっとりと落ちついた、潤いのある鮮やかさを見せる。緑の葉は涙にぬれたようなしおらしい色艶を増して来る。雨のあとで太陽が輝き出すと、早朝のような爽やかな気分が、樹の色や光の内に漂うて、いかにも朗らかな生の喜びがそこに躍ってい・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫