・・・と膠の無い返事をして、菊枝は何か思出してまた潸然とするのである。「それも可いよ。はは、何か謂われると気に障って煩いな? 可いや、可いやお前になってみりゃ、盆も正月も一斉じゃ、無理はねえ。 それでは御免蒙って、私は一膳遣附けるぜ。鍋の・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ やがて博士は、特等室にただ一人、膝も胸も、しどけない、けろんとした狂女に、何と……手に剃刀を持たせながら、臥床に跪いて、その胸に額を埋めて、ひしと縋って、潸然として泣きながら、微笑みながら、身も世も忘れて愚に返ったように、だらしなく、・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 確かに呼吸が止まり冷たい、堅い骸となって横わっている自分の前では、もう一人のこれも自分には違いない自分が、厭な辛いことを健気にも最後まで忍び、雄々しい生涯を終った自らを、感歎し、賞揚し追慕して、潸然と涙を流している……。 こんな、・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫