・・・が、その後四五日すると、甚太夫は突然真夜中から、烈しい吐瀉を催し出した。喜三郎は心配の余り、すぐにも医者を迎えたかったが、病人は大事の洩れるのを惧れて、どうしてもそれを許さなかった。 甚太夫は枕に沈んだまま、買い薬を命に日を送った。しか・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・―― 当日は烈しい黄塵だった。黄塵とは蒙古の春風の北京へ運んで来る砂埃りである。「順天時報」の記事によれば、当日の黄塵は十数年来未だ嘗見ないところであり、「五歩の外に正陽門を仰ぐも、すでに門楼を見るべからず」と言うのであるから、よほど烈・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・それほど寒い風は激しい音で募っていた。笠井はくどくどとそこに行き着く注意を繰返して、しまいに金が要るなら川森の保証で少し位は融通すると付加えるのを忘れなかった。しかし仁右衛門は小屋の所在が知れると跡は聞いていなかった。餓えと寒さがひしひしと・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・その狂暴を募らせるように烈しい盛夏が来た。春先きの長雨を償うように雨は一滴も降らなかった。秋に収穫すべき作物は裏葉が片端から黄色に変った。自然に抵抗し切れない失望の声が、黙りこくった農夫の姿から叫ばれた。 一刻の暇もない農繁の真最中に馬・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・そうしてその人たちの態度には、ちょうど私自身が口語詩の試みに対して持った心持に類似点があるのを発見した時、卒然として私は自分自身の卑怯に烈しい反感を感じた。この反感の反感から、私は、まだ未成品であったためにいろいろの批議を免れなかった口語詩・・・ 石川啄木 「弓町より」
一 年紀は少いのに、よっぽど好きだと見えて、さもおいしそうに煙草を喫みつつ、……しかし烈しい暑さに弱って、身も疲れた様子で、炎天の並木の下に憩んでいる学生がある。 まだ二十歳そこらであろう、久留米絣・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・、生灘をはかる、料理が安くて、庖丁の利く、小皿盛の店で、十二三人、気の置けない会合があって、狭い卓子を囲んだから、端から端へ杯が歌留多のようにはずむにつけ、店の亭主が向顱巻で気競うから菊正宗の酔が一層烈しい。 ――松村さん、木戸まで急用・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・あんまり変りようが烈しいので家のものに笑われてるくらいだ。 * * * * 省作は田植え前蚕の盛りという故郷の夏をあとにして成東から汽車に乗る。土屋の方から・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・子供は、お母さんに抱かれていれば、烈しい熱があっても苦しさを感じない。たゞお母さんの胸に顔を当てていれば、たとえ死の苦しみが迫って来ても堪ることが出来る。お母さんだけが、いつも自分と共にあることを信ずるし、お母さんだけが、最後まで、自分の味・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・ 冬へかけての旅は、烈しい北風に抗して進まなければならなかった。年とったがんは、みんなを引き連れているという責任を感じていました。同時に若いものの勇気を鼓舞しなければならぬ役目をもっていました。彼は、風と戦い、山野を見下ろして飛んだけれ・・・ 小川未明 「がん」
出典:青空文庫