・・・その気勢とても多少の程度における私生児らがより濃厚な支配階級の血を交えた私生児に対する反抗の気勢にすぎないのだと。それはおそらくはそうだろう。それにしてもより稀薄に支配階級の血を伝えた私生児中にかかる気勢が見えはじめたことは、大勢の赴くとこ・・・ 有島武郎 「片信」
・・・そして、一方には、やるせなき思いを遣るために、デカダンの色彩濃厚なる芸術が現われるような気さえする。 けれど、決して、それのみでない。勇敢に清新な人間的の理想に燃える芸術が、百難を排して尚お興起するのを否むことができない。また、そうなく・・・ 小川未明 「正に芸術の試煉期」
・・・「そりゃ奥さんもいいでしょうが、たまには小股の切れ上った年増の濃厚なところも味ってみるもんですよ。オールサービスべたモーション。すすり泣くオールトーキ」と歌うように言って、「――ショートタイムで帰った客はないんだから」 色の蒼白・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 士官は焦躁にかられだして兵士を呶鳴りつけた。「ハイ、うちます。」 また、弾丸が空へ向って呻り出た。「うてッ! うてッ!」「ハイ。」 濃厚な煙が流れてきた。士官も兵士も眼を刺された。煙ッたくて涙が出た。 ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・しかしだんだん種々の世故に遭遇するとともに、翻って考えると、その同情も、あらゆる意味で自分に近いものだけ濃厚になるのがたしかな事実である。して見るとこれもあまり大きなことは言えなくなる。同情する自分と同情される他者との矛盾が、死ぬか生きるか・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・ここの酒はいくぶん舌ったるく、色あいが濃厚であった。丈六もまた酒によく似て、四人の妾を持っているのにそれでも不足で五人目の妾を持とうとして様様の工夫をしていた。鷹の白羽の矢が次郎兵衛の家の屋根を素通りしてそのおむかいの習字のお師匠の詫住いし・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・畜生の人間的恩愛を描いたこの悲劇の不思議な世界の不思議な雰囲気も、やはり役者が人形であるがためにかえっていっそう濃厚になり現実的になるからおもしろいのである。 最後に「爆弾三勇士」があったが、これも前に一見した新派俳優のよりもはるかにお・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ 東京へ近よるに従って東京の匂いがだんだんに濃厚になるのがはっきり分かる。到る処の店先にはラジオの野球放送に群がる人だかりがある。市内に這入るとこれがいっそう多くなる。こうして一度にそれからそれと見て通ると、ラジオ放送のために途上で立往・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・音の具象性が希薄であればあるほど、この陰影は濃厚になる。それだから、名状し難いいろいろな心持ちのニュアンスの象徴としては音のほうが画像よりもいっそう有力でありうるということになる。 たとえば「人生案内」の最後の景において機関車のほえるよ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ヒロインが病院の病室を一つ一つ見回って愛人を捜す場面で、階下から聞こえて来る土人女の廃頽的な民謡も、この場の陰惨でしかもどこかつやけのある雰囲気を濃厚にする。それから次の酒場で始終響いているピアノの東洋的なノクターンふうの曲が、巧妙にヒロイ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫