・・・渓の水が委蛇と流れたところに、村落や小橋が散在している、――その上に起した主峯の腹には、ゆうゆうとした秋の雲が、蛤粉の濃淡を重ねています。山は高房山の横点を重ねた、新雨を経たような翠黛ですが、それがまたしゅを点じた、所々の叢林の紅葉と映発し・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・極って居る、天候の変化や朝夕の人の心にふさわしき器物の取なしや配合調和の間に新意をまじえ、古書を賞し古墨跡を味い、主客の対話起座の態度等一に快適を旨とするのである、目に偏せず、口に偏せず、耳に偏せず、濃淡宜しきを計り、集散度に適す、極めて複・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・農民の生活は従来、文学に取りあげられた以上にもっと複雑であり、特殊性に富み、濃淡、さまざまな多様性と変化を持っている。あの精到を極めた写実的な「土」でさえ、四国地方に育った者や、九州地方に育った者が、自分の眼で見、肉体で感じた農村と、「土」・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・ 近ごろのトーキー録音方法の中でも濃淡式でない曲線式のを使えばこれはきわめて容易である。まず試みに各社名宝のスターの「横顔の音」でも聞かせたらどうであろう。 七 においの追憶 鼻は口の上に建てられた門衛小屋のよう・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・この黄味の強い赤い夕陽の光に照りつけられて、見渡す人家、堀割、石垣、凡ての物の側面は、その角度を鋭く鮮明にしてはいたが、しかし日本の空気の是非なさは遠近を区別すべき些少の濃淡をもつけないので、堀割の眺望はさながら旧式の芝居の平い書割としか思・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ 截りたての石で直線に畳まれた新しい石垣の層々の面に隈なく月が灌いでいて、柔かい土の平らな湿った黒さ、樹木の濃淡ある陰翳が、燦く石面の白さと調和して、最も鋭敏な黒・白の版画の効果で現れている。 多喜子は参吉の腕をじっと自分の胸にひき・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・編輯後記を見たら、旧作「濃淡」に骨子を得云々とあり、作者もそのことを附記されている。 旧作が生憎手元にないので比較して作者の新たな意企や技術の上での試みを学ぶことが出来ないのは残念である。「新胎」について技術的な面で感じることは、現実の・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ 縁側なしに造った家の敷居、鴨居から柱、天井、壁、畳まで、bitume の勝った画のように、濃淡種々の茶褐色に染まっている。正面の背景になっている、濃い褐色に光っている戸棚の板戸の前に、煎餅布団を敷いて、病人が寝かしてある。家族の男女が・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
木村は役所の食堂に出た。 雨漏りの痕が怪しげな形を茶褐色に画いている紙張の天井、濃淡のある鼠色に汚れた白壁、廊下から覗かれる処だけ紙を張った硝子窓、性の知れない不潔物が木理に染み込んで、乾いた時は灰色、濡れた時は薄墨色・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・ 夜舟で寝ることは、罪人にも許されているのに、喜助は横になろうともせず、雲の濃淡に従って、光の増したり減じたりする月を仰いで、黙っている。その額は晴れやかで目にはかすかなかがやきがある。 庄兵衛はまともには見ていぬが、始終喜助の顔か・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫