・・・それは瀝青らしい黒枠の中に横文字を並べた木札だった。「何だい、それは? Sr. H. Tsuji……Unua……Aprilo……Jaro……1906……」「何かしら? dua……Majesta……ですか? 1926 としてありますね・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・ 強い潮の香に混って、瀝青や油の匂いが濃くそのあたりを立て罩めていた。もやい綱が船の寝息のようにきしり、それを眠りつかせるように、静かな波のぽちゃぽちゃと舷側を叩く音が、暗い水面にきこえていた。「××さんはいないかよう!」 静か・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・十余年の昔、夫ピエールと二人で物理学校の中庭にある崩れかけた倉庫住居の四年間、ラジウムを取出すために瀝青ウラン鉱の山と取組合って屈しなかった彼女の不撓さ、さらに溯ってピエールに会う前後、パリの屋根裏部屋で火の気もなしに勉強していた女学生の熱・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
出典:青空文庫