・・・僕の家は小さい割にいかにも瀟洒とできあがっていました。もちろんこの国の文明は我々人間の国の文明――少なくとも日本の文明などとあまり大差はありません。往来に面した客間の隅には小さいピアノが一台あり、それからまた壁には額縁へ入れたエッティングな・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・のみならず作中の風景さえ、久保田君の筆に上るものは常に瀟洒たる淡彩画なり。更に又久保田君の生活を見れば、――僕は久保田君の生活を知ること、最も膚浅なる一人ならん。然れども君の微笑のうちには全生活を感ずることなきにあらず。微苦笑とは久米正雄君・・・ 芥川竜之介 「久保田万太郎氏」
・・・それは一つには家自身のいかにも瀟洒としているためだった。しかしまたそのほかにも荒廃を極めたあたりの景色に――伸び放題伸びた庭芝や水の干上った古池に風情の多いためもない訣ではなかった。「一つ中へはいって見るかな。」 僕は先に立って門の・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・ 一 東京もはやここは多摩の里、郡の部に属する内藤新宿の町端に、近頃新開で土の色赤く、日当のいい冠木門から、目のふちほんのりと酔を帯びて、杖を小脇に、つかつかと出た一名の瀟洒たる人物がある。 黒の洋服で雪の・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 当時の欧化熱の中心地は永田町で、このあたりは右も左も洋風の家屋や庭園を連接し、瀟洒な洋装をした貴婦人の二人や三人に必ず邂逅ったもんだ。ダアクの操り人形然と妙な内鰐の足どりでシャナリシャナリと蓮歩を運ぶものもあったが、中には今よりもハイ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 極く服装に関わない学士も、その日はめずらしく瀟洒なネクタイを古洋服の胸のあたりに見せていた。そして高瀬を相手に機嫌よく話した。どうかすると学士の口からは軽い仏蘭西語などが流れて来た。「そこはあまり端近です。まあ奥の方へ御通りなすっ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・「瀟洒、典雅。」少年の美学の一切は、それに尽きていました。いやいや、生きることのすべて、人生の目的全部がそれに尽きていました。 マントは、わざとボタンを掛けず、小さい肩から今にも滑り落ちるように、あやうく羽織って、そうしてそれを小粋な業・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
先日、竹村書房は、今官一君の第一創作集「海鴎の章」を出版した。装幀瀟洒な美本である。今君は、私と同様に、津軽の産である。二人逢うと、葛西善蔵氏の碑を、郷里に建てる事に就いて、内談する。もう十年経って、お互い善蔵氏の半分も偉・・・ 太宰治 「パウロの混乱」
・・・向うより勢いよく馳せ来る馬車の上に端坐せるは瀟洒たる白面の貴公子。たしか『太陽』の口絵にて見たるようなりと考うれば、さなり三条君美の君よと振返れば早や見えざりける。また降り出さぬ間と急いで谷中へ帰れば木魚の音またポン/\/\。・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・街路は整頓され、洋風の建築は起こされ、郊外は四方に発展して、いたるところの山裾と海辺に、瀟洒な別荘や住宅が新緑の木立のなかに見出された。私はまた洗練された、しかしどれもこれも単純な味しかもたない料理をしばしば食べた。豪華な昔しの面影を止めた・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫