・・・そこで全き心を捧げて恋の火中に投ずるに至るのである。かかる場合に在ては恋則ち男子の生命である」 と言って岡本を顧み、「ね、そうでしょう。どうです僕の説は穿っているでしょう」「一向に要領を得ない!」と松木が叫けんだ。「ハッハッ・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・けれども、ひとりの人間に自信をつけて救ってやるためには、どんな傑作でもよろこんで火中にわが身を投ずる。それが、ほんとうの傑作だ。僕は君ひとりのためにこの小説を書いたのだ。しかしこれが君を救わずにかえって苦しめたとすれば、僕は、これを破るほか・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・終には自分の身をも合せてその火中に投じた。世人は彼女を愚とも痴ともいうだろう。ある一派の倫理学者の如く行為の結果を以て善悪の標準とする者はお七を大悪人とも呼ぶであろう。この、無垢清浄、玉のようなお七を大悪人と呼ぶ馬鹿もあるであろう。けれどお・・・ 正岡子規 「恋」
・・・だが、そのひとが、まさに火中に身を投じて、必死の活躍をしている時、何を考えていたろう。一途に救けようとしているものを救け出すことしか考えていなかったことは確かである。その目的にしたがい、日頃の訓練によって刻々の危険から身をかわしつつ、最大の・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
出典:青空文庫