・・・その火気を感じると、内蔵助の心には、安らかな満足の情が、今更のようにあふれて来た。丁度、去年の極月十五日に、亡君の讐を復して、泉岳寺へ引上げた時、彼自ら「あらたのし思いははるる身はすつる、うきよの月にかかる雲なし」と詠じた、その時の満足が帰・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・その寝床についている部分は、中に火気を蔵しているかと思うほど、うす赤い柘榴の実の形を造っているが、そこを除いては、山一円、どこを見ても白くない所はない。その白さがまた、凝脂のような柔らかみのある、滑な色の白さで、山腹のなだらかなくぼみでさえ・・・ 芥川竜之介 「女体」
・・・冷い、と極めたのは妙ですけれども、飢えて空腹くっているんだから、夏でも火気はありますまい。死ぎわに熱でも出なければ――しかし、若いから、そんなに痩せ細ったほどではありません。中肉で、脚のすらりと、小股のしまった、瓜ざね顔で、鼻筋の通った、目・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・が、――諺に、火事の折から土蔵の焼けるのを防ぐのに、大盥に満々と水を湛え、蝋燭に灯を点じたのをその中に立てて目塗をすると、壁を透して煙が裡へ漲っても、火気を呼ばないで安全だと言う。……火をもって火を制するのだそうである。 ここに女優たち・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・婦人はもうこれなり焼け死ぬものと見きわめをつけやっと帯や小帯をつないで子どもをしばりつけて川の上へたぐり下し、下を船がとおりかかったらその中へ落すつもりでまっているうちに、つい火気で目がくらんで子どもをはなしてしまい、じぶんも間もなく橋と一・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・の店先に立つと、店の板じきの奥に向いあって坐ってせんべいをやいている職人たちの動作がすっかり見えた。火気ぬきのブリキの小屋根の下っている下に、石の蒲焼用のこんろを大きくしたようなものにいつも火がかっかとおこっていた。それをさしはさんで両側に・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・ヴィンダー 活溌な火気奴! 活動をつづけろ。何より俺の頼もしい配下だ。飛べ、飛べ! ぐんと飛んで焼き払え。祖先の時柄にも似合わず、プラミシュースに盗ませた火と云うものの真の威力を知らせて呉れよう。水になんぞは怯じけるな!カラ ああ、・・・ 宮本百合子 「対話」
出典:青空文庫