・・・茅屋と瓦屋と打ち雑りたる、理髪所の隣に万屋あり、万屋の隣に農家あり、農家の前には莚敷きて童と猫と仲よく遊べる、茅屋の軒先には羽虫の群れ輪をなして飛ぶが夕日に映りたる、鍛冶の鉄砧の音高く響きて夕闇に閃く火花の見事なる、雨降る日は二十ばかりの女・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・赤い火花がセメントのたたきにぱっと散りひろがって、消えた。「ええ。それは、なんとかします。あてがあります。あなたには感謝しています。もうすこし待っていただけないでしょうか。もうすこし。」 僕は二本目の煙草をくわえ、またマッチをすった・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ などと、殆んど言葉にも何もなっていない小さい叫びが二人の口から交互に火花の如くぱっぱっと飛び出て、そのあいだ、眼にもとまらぬ早さでお金がそっちへ行ったりこっちへ来たりしていました。 じんどう! たしかに、おかみさんの口から、そ・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・お互い心理の読みあいに火花を散らして戦っている。そうしてお互い、どうしても釈然と笑いあうことができないのである。 はじめこの家にやってきたころは、まだ子供で、地べたの蟻を不審そうに観察したり、蝦蟇を恐れて悲鳴を挙げたり、その様には私も思・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・神棚の燈明をつけるために使う燧金には大きな木の板片が把手についているし、ほくちも多量にあるから点火しやすいが、喫煙用のは小さい鉄片の頭を指先で抓んで打ちつけ、その火花を石に添えたわずかな火口に点じようとするのだから六かしいのである。 火・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ ほとんど腐朽に瀕した肉体を抱えてあれだけの戦闘と事業を遂行した巨人のヴァイタルフォースの竈から迸る火花の一片二片として、こういう些細な事柄もいくらかの意味があるのではないかと思われるのである。 四 子規・・・ 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・自分もかつて、砂層の変形の繰り返しによって生ずる週期的すべり面の機巧から推して、単晶体の週期的すべり面の機巧を予想してみたこともあったが、これとても決して充分だと思われない、最近にガラス面に沿うて電気火花を通ずる時にその表面にできる微細な顕・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・ほんとうなら白金か何か酸化しない金属を付けておくべき接触点がニッケルぐらいでできているので、少し火花が出るとすぐに電気を通さなくなるらしい。時々そこをゴリゴリすり合わせるとうまく鳴るが、毎日忘れずにそれをやるのはやっかいである。これはいった・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・思うまじと誓える心に発矢と中る古き火花もあり。「伴いて館に帰し参らせんといえば、黄金の髪を動かして何処へとも、とうなずく……」と途中に句を切ったアーサーは、身を起して、両手にギニヴィアの頬を抑えながら上より妃の顔を覗き込む。新たなる記憶・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・昨日までは擦れ合う身体から火花が出て、むくむくと血管を無理に越す熱き血が、汗を吹いて総身に煮浸み出はせぬかと感じた。東京はさほどに烈しい所である。この刺激の強い都を去って、突然と太古の京へ飛び下りた余は、あたかも三伏の日に照りつけられた焼石・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
出典:青空文庫