・・・ 只道下佳人命偏に薄しと 寧ろ知らん毒婦恨平らぎ難きを 業風過ぐる処花空しく落ち 迷霧開く時銃忽ち鳴る 狗子何ぞ曾て仏性無からん 看経声裡三生を証す 犬塚信乃芳流傑閣勢ひ天に連なる 奇禍危きに臨んで淵を測らず きほ敢て忘れん・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・燐を吊す 乞ふ死是れ生真なりがたし 薄命紅顔の双寡婦 奇縁白髪の両新人 洞房の華燭前夢を温め 仙窟の煙霞老身を寄す 錬汞服沙一日に非ず 古木再び春に逢ふ無かる可けん 河鯉権守夫れ遠謀禍殃を招くを奈ん 牆辺耳あり防を欠く 塚中・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・しかし、それがいま『禍の島』に変わってしまったのだ。それをだれが知っていよう。けっして、私の罪じゃない。」 けれど、みんなは老人のいうことを承知しませんでした。そしてついに老人を三人の乗ってきた小船に乗せて、沖の方へ流してしまいました。・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・ 概念的な教育、束縛的な倫理観が、健全な真実な教育上にどれ程禍しているか分らない。又この頃自由教育云々に就てある知事とある教育者とが争った事があるが、今日に至ってまだ学校教育を政治の上から云為せんとするそれらの人が、どれだけ人間性の発達・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・その禍のよって来る原因を社会に探ねなければならない。そして、社会が、人間を悪くするのであったら、いかにしてそれを改めなければならぬかについて考えなければならない。 社会は、その禍の源を人間に在りとはしなかったか。そして、今、尚お、個人を・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・口は禍の基である。それに、私は悪評というものがどれだけ相手を傷つけるものであるかということも知っている。私などまだ六年の文壇経歴しかないが、その六年間、作品を発表するたびに悪評の的となり、現在もその状況は悪化する一方である。私の親戚のあわて・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 心がそんなことにひっかかると私はいつも不眠を殃いされた。眠れなくなると私は軍艦の進水式を想い浮かべる。その次には小倉百人一首を一首宛思い出してはそれの意味を考える。そして最後には考え得られる限りの残虐な自殺の方法を空想し、その積み重ね・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・ 善とは何か、禍いの源は何か、真理の標識は何か。すべての偉人の問いがそれに帰宗するように、日蓮もまたそれを問い、その解決のための認識を求めて修学に出発したのであった。 三 遍歴と立宗 十二歳にして救世の知恵を求め・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・これを「至徳の風静かに衆禍の波転ず」と親鸞はいった。「生死即涅槃」といって、これが大涅槃である。涅槃に達しても、男子は男子であり、女子は女子である。女性はあくまで女性としての天真爛漫であって、男性らしくならなければ、中性になるのでもない。女・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・狐つかいの狐は人に禍や死を与える者とされている。して見れば祇尼の狐で、お稲荷様の狐ではないはずである。大江匡房が記している狐の大饗の事は堀河天皇の康和三年である。牛骨などを饗するのであったから、その頃から祇尼の狐ということが人の思想にあった・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
出典:青空文庫