・・・ フランシスとその伴侶との礼拝所なるポルチウンクウラの小龕の灯が遙か下の方に見え始める坂の突角に炬火を持った四人の教友がクララを待ち受けていた。今まで氷のように冷たく落着いていたクララの心は、瀕死者がこの世に最後の執着を感ずるようにきび・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・もしも、あなたがこれから十年二十年とこのにくさげな世のなかにどうにかして炬火きどりで生きとおして、それから、もいちど忘れずに私をお呼びくだされたなら、私、どんなにうれしいでしょう。きっときっと参ります。約束してよ。さようなら。あら、あなたは・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・に名を録すにも価せぬ……のその閨に於ける鼻たかだかの手柄話に就いては、私、一笑し去りて、余は、われより年若き、骨たくましきものに、世界歴史はじまりて、このかた、一筋に高く潔く直く燃えつぎたるこの光栄の炬火を手渡す。心すべきは、きみ、ロヴェス・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・プドーフキンは爆発の光景を現わすのに本物のダイナマイトの爆発を撮ってみたがいっこうにすごみも何もないので、試みにひどく黒煙を出す炬火やら、マグネシウムの閃光やを取り交ぜ、おまけに爆発とはなんの縁もない、有り合わせの河流の映像を插入してみたら・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・歴史一般が、今日は重く顧みられているが、それは過去の炬火として今日へ光りをそそぐべきものとして扱われていて、今日の現実の光が過去の現実を明晰にして明日の糧とするという意嚮に立つ面は弱いと思われる。いくつかの文学作品の題材は、過去に求められて・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・一八八三年三月十四日――イエニーの死後三年目の早春に、人類の炬火のかかげ手カール・マルクスはメートランド・パークの家の書斎の肘掛椅子にかけて、六十五年の豊富極まりない一生を閉じた。〔一九四七年一月〕・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 先生は、ハドソン川から紐育へ入る途中の――島に炬火を捧げて虚空に立って居る自由の女神像を御存じでございます。 又、コロンビアの大図書館の石階を登りつめた中央に、端然と坐して、数千の学徒を観下す、Alma Mater をも御存じでご・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ はだかろーそくのような形で又炬火の小さいようなものである。美くしい、ヒラヒラ、ヒラヒラともえて行く。 小林区の御役人が来るので、待って居ると、それが見える。 架空索道箇人的のものをとりあつかって、とめ置きも・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・天狗は既に烏天狗の域を脱して凄い赤鼻と、炬火のような眼をもった大天狗だ。天狗は百姓を見て云った。「ヤイ虫ケラ。俺に遭ったのは百年目だ。サア喰ってやるから覚悟しろ」 百姓は浅黄股引姿でブルブル震えながら云った。「アアこれはこれは天・・・ 宮本百合子 「ブルジョア作家のファッショ化に就て」
・・・大夫の赤顔が、座の右左に焚いてある炬火を照り反して、燃えるようである。三郎は炭火の中から、赤く焼けている火ひばしを抜き出す。それを手に持って、しばらく見ている。初め透き通るように赤くなっていた鉄が、次第に黒ずんで来る。そこで三郎は安寿を引き・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫