・・・……炭団、埋火、榾、柴を焚いて煙は揚げずとも、大切な事である。 方便な事には、杢若は切凧の一件で、山に実家を持って以来、いまだかつて火食をしない。多くは果物を餌とする。松葉を噛めば、椎なんぞ葉までも頬張る。瓜の皮、西瓜の種も差支えぬ。桃・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・で、また私は釣れた日でも釣れない日でも、帰る時にはきっと何時でも持って来た餌を土と一つに捏ね丸めて炭団のようにして、そして彼処を狙って二つも三つも抛り込んでは帰るのだよ。それは水の流れの上ゲ下ゲに連れて、その土が解け、餌が出る、それを魚が覚・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・勝手の方では、いっも居眠りしている下女が、またしても皿小鉢を破したらしい物音がする。炭団はどうやらもう灰になってしまったらしい。先生はこういう時、つくづくこれが先祖代々日本人の送り過越して来た日本の家の冬の心持だと感ずるのである。宝井其角の・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・露はあらはれぬ侘禅師乾鮭に白頭の吟を彫五七六調、五八六調、六七六調、六八六調等にて終六言を夕立や筆も乾かず一千言ほうたんやしろかねの猫こかねの蝶心太さかしまに銀河三千尺炭団法師火桶の穴より覗ひけりのご・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・赤い三徳火鉢に炭団を埋めたのを足煖炉代りにして、多喜子はもって帰った尚子の仮縫いの服の仕事をしていたのであったが、暫くするとそれをやめてテーブルへ置いた。重くてつるつるとしたその絹服の感触が幸治たちの生活の感覚をひっぱっているようで、いじっ・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・私は炭団の活けてある小火鉢を挟んで、君と対座した。 この時すぐに目を射たのは、机の向側に夷麦酒の空箱が竪に据えて本箱にしてあることであった。しかもその箱の半以上を、茶褐色の背革の大きい本三冊が占めていて、跡は小さい本と雑記帳とで填まって・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫