・・・ 詮方なさに信心をはじめた。世に人にたすけのない時、源氏も平家も、取縋るのは神仏である。 世間は、春風に大きく暖く吹かるる中を、一人陰になって霜げながら、貧しい場末の町端から、山裾の浅い谿に、小流の畝々と、次第高に、何ヶ寺も皆日蓮宗・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・「どうも仕方がございません。」 尉官はしばらく黙しけるが、ややその声を高うせり。「おい、謙三郎はどうした。」「息災で居ります。」「よく、汝、別れることが出来たな。」「詮方がないからです。」「なぜ、詮方がない。うむ・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・ 妾に跟いてこっちへと、宣示すがごとく大様に申して、粛然と立って導きますから、詮方なしに跟いて行く。土間が冷く踵に障ったと申しますると、早や小宮山の顔色蒼然! 話に聴いた、青色のその燈火、その台、その荒筵、その四辺の物の気勢。 ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・とて、ただ筆硯に不自由するばかりでなく、書画を見ても見えず、僅かに昼夜を弁ずるのみなれば詮方なくて机を退け筆を投げ捨てて嘆息の余りに「ながらふるかひこそなけれ見えずなりし書巻川に猶わたる世は」と詠じたという一節がある。何という凄惻の悲史であ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・「私はその時は詮方がありませんから、妻を伴れて諸国巡礼に出ようと思ってたんです。私のようなものではしょせん世間で働いてみたってだめですし、その苦しみにも堪ええないのです。もっとも妻がいっしょに行く行かないということは、妻の自由ですが……・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・といって黙って打捨てても置かれず、詮方なしに「おあぶのう御在いますから、御ゆるり願います。」 漸くにして、チインと引く鈴の音。「動きます。」 車掌の声に電車ががたりと動くや否や、席を取りそこねて立っていた半白の婆に、その娘らしい・・・ 永井荷風 「深川の唄」
出典:青空文庫