・・・ 尉官は怒気心頭を衝きて烈火のごとく、「何だ!」 とその言を再びせしめつ。お通は怯めず、臆する色なく、「はい。私に、私に、節操を守らねばなりませんという、そんな、義理はございませんから、出来さえすれば破ります!」 恐気も・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・きっと、あなたは烈火のようにお怒りでしょう。けれども私は、平気です。「エホバを畏るるは知識の本なり。」いい言葉をいただきました。私は、これから、あなたに対して、うんと自由に振舞います。美しい、唯一の先輩を得て、私の背丈も伸びました。・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・昔の武士の中の変人達が酷暑の時候にドテラを着込んで火鉢を囲んで寒い寒いと云ったという話があるが、暑中に烈火の前に立って油の煮えるのを見るのは実は案外に爽快なものである。 暑い時に風呂に行って背中から熱い湯を浴びると、やはり「涼しい」とか・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・蒼白くて頬の落ちた顔に力なけれど一片の烈火瞳底に燃えているように思われる。左側に机があって俳書らしいものが積んである。机に倚る事さえ叶わぬのであろうか。右脇には句集など取散らして原稿紙に何か書きかけていた様子である。いちばん目に止るのは足の・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・色の目と、特徴のある表情的な口もとの様子などで、いかにも人目を引く才気煥発な教養高い十九歳の家庭教師となった時、そのZ家の長男カジミールとの間に結ばれた結婚の約束のその無邪気な若い二人の申し出はZ氏を烈火のように憤らせZ夫人を失心させるほど・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
出典:青空文庫