・・・さっき窓から落した手紙は、無事に遠藤さんの手へはいったであろうか? あの時往来にいた人影は、確に遠藤さんだと思ったが、もしや人違いではなかったであろうか?――そう思うと妙子は、いても立ってもいられないような気がして来ます。しかし今うっかりそ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・燕はそれもそうだ、「そんなら王子様来年またお会い申しますから御無事でいらっしゃいまし。お目が御不自由で私のいないために、なおさらの御不自由でしょうが、来年はきっとたくさんのお話を持って参りますから」 と燕は泣く泣く南の方へと朝晴れの・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ 聞く方が歎息して、「だってねえ、よくそれで無事でしたね。」 顔見られたのが不思議なほどの、懐かしそうな言であった。「まさか、蚊に喰殺されたという話もない。そんな事より、恐るべきは兵糧でしたな。」「そうだってねえ。今じゃ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・今おうちではああしてご無事で、そうして河村さんもちゃんとしているのに、女としてあなたから先にそんな料簡を起こすのはもってのほかのことですぞ」 予はなお懇切に浅はかなことをくり返してさとした。しかし予は衷心不憫にたえないのであった。ふたり・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・どうせ、無事に帰るつもりは無いて、細君を離縁する云い出し、自分の云うことを承知せんなら、露助と見て血祭りにする云うて、剣を抜いて追いまわしたんや。」 こう云って、友人は鳥渡僕から目を離して、猪口に手をかけた。僕も一杯かさねてから、「・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・幸い無事に保存されていても今戸は震害地だったから地震の火事で焼けてしまったろう。 椿岳は晩年には『徒然草』を好んで、しばしば『徒然草』を画題とした。堀田伯爵のために描いた『徒然草』の貼交ぜ屏風一双は椿岳晩年の作として傑作の中に数うべきも・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・小さな天使は無事に、ふたたびなつかしいお母さんを見ることができました。お母さんは、やはり、心の美しい、汚れない我が子であるとお知りなさると、ほんとうにお喜びになりました。 姉の天使も、弟の天使も、みんなが下界の有り様を知ろうと、このやさ・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・辞も何にも分らねえ髭ムクチャの土人の中で、食物もろくろく与われなかった時にゃ、こうして日本へ帰って無事にお光さんに逢おうとは、全く夢にも思わなかったよ」「そうだろうともねえ、察しるよ! 私も――縁起でもないけど――何しろお前さんの便りは・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ と、釈然としてくれて、式は無事に済んだ。 ところが、四五日たって、新婚の夫婦を見舞うと、細君は変な顔をしていた。私は細君がいない隙をうかがって、「どうした、喧嘩でもしたのか」ときくと、「喧嘩はせんがね。どうもうまく行かん」・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ 膳の前に坐っている子供等相手に、斯うした話をしながら、彼はやはり淋しい気持で盃を嘗め続けた。 無事に着いた、屹度十日までに間に合せて金を持って帰るから――という手紙一本あったきりで其後消息の無い細君のこと、細君のつれて行った二女の・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫