・・・いわばこの長髪だけが無疵で残って来たという感じである。おまけにこの長髪には、ささやかながら私の青春の想い出が秘められているようである。男にも髪の歴史というものがないわけではない。 二 私は高等学校にはいった途端に、・・・ 織田作之助 「髪」
・・・なんでもどちらかと言えばあらのない、すべっこい無疵なものばかりである。いつかここでたいへんおもしろいと思う花瓶を見つけてついでのあるたびにのぞいて見た。それは少し薄ぎたないようなものであったせいか、長い間買い手もつかずそこに陳列されていた。・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・わたしたちの人生は、まだ無傷です。傷ついたにせよ、若い命がすぐそれを癒す傷しかもっていません。呪うような質問なんかやめて! わたしたちは生きたいんです、つよく、たのしく、不屈に生きたいんです。きっと、そうしか答える言葉をもっていられないと信・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
・・・自分のところは無傷で、よその国を軍事基地化し、そこの人民を傭兵として、それで戦争をやるのだ、という風に。―― しかし、みなさま。 この地球のどこに、他国の軍事基地となるために存在して来た国があるでしょう。 そして、みなさま。・・・ 宮本百合子 「国際婦人デーへのメッセージ」
・・・彼等は、ジイドが死よりも嫌う同化主義者、保守主義者、生涯に只の一遍も人間の為に献身しようとしなかったために傷つきもしなかった、無疵のままの利己主義者である。社会の枠がこのままであって、猶且つ人間が建直されるということはあり得るであろうか。極・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・朝から晩まで流しの上には、よごれものがたまって新らしい茶碗の縁が三日と無疵で居たためしがないとなあ、三十九にもなって何てこったし、あまり昼、夫婦づれで、仮寝ばかりしているからだなっし、貴方。 それが、裏庭にある小学校長の家で妻君が庭・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・とてもあのような乱軍の中では無疵であろう者はおじゃらぬ。もちろん原で戦うのじゃから、敵も味方もその時は大抵騎馬であッた。が味方の手綱には大殿(義貞が仰せられたまま金鏈が縫い込まれてあッたので手綱を敵に切り離される掛念はなかッた。その時の二の・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫