・・・君は、無力だ。 非難は、自身の弱さから。いたわりは、自身の強さから。恥じるがいい。 自己弁解でない文章を読みたい。 作家というものは、ずいぶん見栄坊であって、自分のひそかに苦心した作品など、苦心しなかったようにして誇示したいもの・・・ 太宰治 「創作余談」
・・・あれほど利口なこの動物がどうして人間の無力を見抜いてあばれださないか不思議に思われて来る。人間は知恵でこの動物を気ままにしていると思ってうぬぼれている。しかしこれらの象が本気であばれだしたら大概の人間の知恵では到底どうにもならなくなるのでは・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・我々はかかる場合において、深く己の無力なるを知り、己を棄てて絶大の力に帰依する時、後悔の念は転じて懺悔の念となり、心は重荷を卸した如く、自ら救い、また死者に詫びることができる。『歎異抄』に「念仏はまことに浄土に生るゝ種にてやはんべるらん、ま・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・不幸や悲惨の前に無力に首をうなだれる吉田ではなかった。どんな困難な境遇に立っても客観的な立場を守って、的確な判断と作戦とを誤らなかった彼ではあった。彼の心の中にどっしりと腰を下して、彼に明確な針路を示したものは、社会主義の理論と、信念とであ・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・女子に経済法律とは甚だ異なるが如くなれども、其思想の皆無なるこそ女子社会の無力なる原因中の一大原因なれば、何は扨置き普通の学識を得たる上は同時に経済法律の大意を知らしむること最も必要なる可し。之を形容すれば文明女子の懐剣と言うも可なり。・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・これは我が国の上流、殊に西洋家と称する一類の中に行わるる言なれども、全く無力の遁辞口実たるに過ぎず。そもそも人生の気力を平均すれば至って弱き者にして、ややもすれば艱難に敵して敗北すること少なからざるの常なり。然るに内行を潔清に維持して俯仰慚・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・然もこれ未だ社会的に無力なる、各個人個人に於てである。然るに今日は既にビジテリアン同情派の堅き結束を見、その光輝ある八面体の結晶とも云うべきビジテリアン大祭を、この清澄なるニュウファウンドランド島、九月の気圏の底に於て析出した。殊にこの大祭・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・日本の半封建の権力は、なんと文化そのものを美しさにおいて無力な、血なまぐさいものにしていたのだろうか、と。 日本の婦人作家が幾人か、戦時中、海をわたって、彼女たちにとってはじめての海外旅行をし、他国の人々に接触した。そのとき、それらの人・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・それは、たしかに幕府政治の無力を知り、封建制におしひしがれている社会生活について沈黙しているにたえなくなった「人智の開発」であり、明治に向う知識慾であったにはちがいない。しかし、これらの藩学校は、藩という制度の枠にはまっていた本質上、当時の・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・に暗示されている環境そのものから来ている無力と未熟さによって、ひきもどされ、更にきびしいもみ合いに向わせられたのであった。 一九四七年五月〔一九四七年六月〕 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
出典:青空文庫