・・・も湯にしろ両親が口を開けてその日その日の仕送を待つのであるから、一月と纏めてわずかばかりの額ではないので、毎々借越にのみなるのであったが、暖簾名の婦人と肩を並べるほど売れるので、内証で悪い顔もしないで無心に応じてはいたけれども、応ずるは売れ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ もっとも、その前日も、金子無心の使に、芝の巴町附近辺まで遣られましてね。出来ッこはありません。勿論、往復とも徒歩なんですから、帰途によろよろ目が眩んで、ちょうど、一つ橋を出ようとした時でした。午砲!――あの音で腰を抜いたんです。土を引・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・…… 既に、何人であるかを知られて、土に手をついて太夫様と言われたのでは、そのいわゆる禁厭の断り悪さは、金銭の無心をされたのと同じ事――但し手から手へ渡すも恐れる……落して釵を貸そうとすると、「ああ、いや、太夫様、お手ずから。……貴女様・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・そうして間もなく無心に眠ってしまった。二人の姉共と彼らの母とは、この気味の悪い雨の夜に別れ別れに寝るのは心細いというて、雨を冒し水を渡って茶室へやって来た。 それでも、これだけの事で済んでくれればありがたいが、明日はどうなる事か……取片・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・才なさがあるものだが、世事に馴れない青年や先輩の恩顧に渇する不遇者は感激して忽ち腹心の門下や昵近の知友となったツモリに独りで定めてしまって同情や好意や推輓や斡旋を求めに行くと案外素気なく待遇われ、合力無心を乞う苦学生の如くに撃退されるので、・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
海に近く、昔の城跡がありました。 波の音は、無心に、終日岸の岩角にぶつかって、砕けて、しぶきをあげていました。 昔は、このあたりは、繁華な町があって、いろいろの店や、りっぱな建物がありましたのですけれど、いまは、荒れて、さびし・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・こう思って、何も知らずに、無心に遊びつゝある子供等の顔を見る時、覚えず慄然たらざるを得ないのであります。 朝に、晩に、寒い風にも当てないようにして、育てゝ来た子供を機関銃の前に、毒瓦斯の中に、晒らすこと対して、たゞこれを不可抗力の運命と・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・ しかし、空拳と無芸では更に成すべき術もなく、寒山日暮れてなお遠く、徒らに五里霧中に迷い尽した挙句、実姉が大邱に在るを倖い、これを訪ね身の振り方を相談した途端に、姉の亭主に、三百円の無心をされた。姉夫婦も貧乏のどん底だった。「百円は・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・いつまでも一本立ち出来ず、孤独な境遇のまま浮草のようにあちこちの理髪店を流れ歩いて来た哀れなみじめさが、ふと幼友達の身辺に漂うているのを見ると、私はその無心を断り切れなかった。散髪の職人だというのに不精髭がぼうぼうと生え、そこだけが大人であ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・その結果はちょいちょい耕太郎が無心の手紙を持たされて、一里の道を老父の処へ使いにやらされた。……継母が畑へ出た留守を覘うのであった。それでも老父は、「耕太郎可愛さにつき金一円さしあげ候、以来は申越しこれなきよう願いあげ候」といったような・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫