・・・自分ばかり地獄からぬけ出そうとする、陀多の無慈悲な心が、そうしてその心相当な罰をうけて、元の地獄へ落ちてしまったのが、御釈迦様の御目から見ると、浅間しく思召されたのでございましょう。 しかし極楽の蓮池の蓮は、少しもそんな事には頓着致しま・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・e ne permettrais jamais, que ma fille s'adonnt une occupation si cruelle.”「宅の娘なんぞは、どんなことがあっても、あんな無慈悲なことをさせようとは思いません」と・・・ 著:アルテンベルクペーター 訳:森鴎外 「釣」
・・・ 四 老人はとっさの間に演ぜられたる、このキッカケにも心着かでや、さらに気に懸くる様子もなく、「なあ、お香、さぞおれがことを無慈悲なやつと怨んでいよう。吾ゃおまえに怨まれるのが本望だ。いくらでも怨んでくれ。ど・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・それやこれやを思いますとな、どう考えてもちと親が無慈悲であった様で……。政夫さん、察して下さい。見る通り家中がもう、悲しみの闇に鎖されて居るのです。愚かなことでしょうがこの場合お前さんに民子の話を聞いて貰うのが何よりの慰藉に思われますから、・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ どうです、それを面目ないの淫奔だのって、現在の親がわが子の悪口をいうたあ、随分無慈悲な親もあればあったもんだ。いや土屋、悪くはとるな」 薊はことばを尽くし終わって老人の顔を見ている。煙草を一服吸う。老人は一言も答えぬ。「どうで・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ 神イエスキリストをもて人の隠微たることを鞫き給わん日に於てである、其日に於て我等は人を議するが如くに議せられ、人を量るが如くに量らるるのである、其日に於て矜恤ある者は矜恤を以て審判かれ、残酷無慈悲なる者は容赦なく審判かるるのである、「我等・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・一度、人間が手に取り上げて育ててくれたら、決して無慈悲に捨てることもあるまいと思われる。 人魚は、そう思ったのでありました。 せめて、自分の子供だけは、賑やかな、明るい、美しい町で育てて大きくしたいという情から、女の人魚は、子供を陸・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・一度、人間が手に取り上げて育ててくれたら、きっと無慈悲に捨てることもあるまいと思われる。…… 人魚は、そう思ったのでありました。 せめて、自分の子供だけは、にぎやかな、明るい、美しい町で育てて大きくしたいという情けから、女の人魚は、・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・警戒兵は、番小屋の中で、どこから聞えてくるともない、無慈悲な寒冷の音を聞いた。 二重硝子の窓の外には、きつきつたる肌ざわりの荒い岩のような、黒竜江の結氷が星空の下に光っていた。 番小屋は、舟着場から、約一露里上流にあって建てられてい・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・看護卒は、たゞ忙しそうに、忙しいのが癪に障るらしく、ふくれッ面をして無慈悲にがたがたやっていた。昨日まで同じ兵卒だったのが、急に、さながら少尉にでもなったように威張っていた。「誰れも俺等のためなんど思って呉れる者は一人も有りゃしないんだ・・・ 黒島伝治 「氷河」
出典:青空文庫