・・・彼等の称する無抵抗主義というものは、一体どれだけの真面目さがあるのか。どれだけの真剣さがあるのか。現実の戦争を廻避して、空名の愛とか人道とかに隠れるというのは、何という卑怯さであるか。本当の愛であったならば、死を以って争うのが当然である。キ・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・ 汚れた百姓服や、頭巾は無抵抗に、武器を取り上げられたり、××××たり、――殺されたりなどされるがままになっている訳には行かなかった。木造の壁の代りに丸太を積重ねていた家の中や乾草の堆積のかげからも、発射の煙が上った。これまでの銃声にま・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ その少年は、もう一度、上唇のさきが無くなった口を哀れげに拡げた、「こんなにおとなしい無抵抗な者を殺してもいゝんですか!」と云うような眼をした。「この眼に負けちゃいかん!」軍医は自分を鞭打った。 耳朶のちぎれかけた男も、踵を・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・今は、この見窄らしい薔薇が、どんな花をひらくか、それだけに、すべての希望をつながなければならぬ。無抵抗主義の成果、見るべし、である。たいした花も咲くまい、と私は半ば諦めていたのである。ところが、それから十日ほど後、あまり有名でない洋画家の友・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・襲撃者は鳶以上であるのに爆撃される市民は芋虫以下に無抵抗である。 ある軍人の話によると、重爆撃機には一キロのテルミットを千箇搭載し得るそうである。それで、ただ一台だけが防禦の網をくぐって市の上空をかけ廻ったとする。千箇の焼夷弾の中で路面・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・襲撃者はとんび以上であるのに襲撃される市民は芋虫以下に無抵抗である。 ある軍人の話によると、重爆撃機には一キロのテルミットを千個搭載しうるそうである。それで、ただ一台だけが防御の網をくぐって市の上空をかけ回ったとする。千個の焼夷弾の中で・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・逃げて縁の下へでも隠れたらいいだろうと思うが、どこまでも従順に、いやいやながら無抵抗に自由にされているのがどうも少し残酷なように思われだした。実際だんだんにやせて来た時とは見違えるように細長くなるようであった。歩くにもなんだかひょろひょろす・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・全く無抵抗な状態において、そして苦痛を表現する事すら許されないで一分だめしに殺されるのである。 虫の肥大なからだはその十分の一にも足りない小さな蜘蛛の腹の中に消えてしまっている。残ったものはわずかな外皮のくずと、そして依然として小さい蜘・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・はそういう特性をもった日本の若い無抵抗な労働婦人が、ある時代に経なければならなかった生活記録として、世界的な意味をもつ古典なのである。 今日の生産拡充の要求は、これまでならばオフィス・ガールになったであろう若い婦人たちを生産面での活動に・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・一晩の観劇に対して、無抵抗に支払うものとしてだけ扱われて来たのである。 ここにも、これまでの日本の封建性と近代資本社会の混合した恐ろしい害悪が現われている。 こういう文化機構であったからこそ、戦争中の日本人民は、あのように侵略思想で・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
出典:青空文庫