・・・しかし、いままで、どの女も、彼に無断で勝手な買い物などはしなかった。 けれども、おそれいりまめ女史は、平気でそれをやった。デパートには、いくらでも高価なものがある。堂々と、ためらわず、いわゆる高級品を選び出し、しかも、それは不思議なくら・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・僕は数学を、もっと勉強したかったから、父に無断で高等学校に受けて、はいったんだ。葉山さんを知ってるかい? 葉山圭造。いつか、鉄道の参与官か何かやっていた。代議士だよ。」「知らないね。」私は、なぜだか、いらいらして来た。どうも私は、人の身・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・の諸家の序やら跋やら、または編者の筆になるところの年譜、逸話集、写真説明の文など、諸処方々から少しずつ無断盗用して、あやうく、纏めた故葛原勾当の極めて大ざっぱな略伝である。その人と為りに就いての、私一個人の偽らぬ感想は、わざと避けた。日記の・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・いつか行ったとき無断で没収され、そうして強制的にせんたくを執行された上で返してくれたことがあった。そのネルの襟巻と四方太氏の玉子色の上等の襟巻との対照もおかしいものの一つではあったかもしれない。 夏目先生は四方太氏のきちんとした日常をう・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・昨日は三度ならず四度までも留守宅へ御来臨の上下婢に向って妾ら身の上に関する種々なる質問を発せられ、それのみならず無断にて人の家を捜索なされ、あまつさえ下婢に向って妾はレデーの資格なきものなりなど余計な事を吹聴せられ候由、元来右はいかなる御主・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・不実に考えりゃア、無断で不意と出発て行くかも知れない。私はともかく、平田はそんな不実な男じゃない、実に止むを得ないのだ。もう承知しておくれだッたのだから、くどく言うこともないのだが……。お前さんの性質だと……もうわかッてるんだから安心だが…・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・「それではあなたは無断で家から逃げておいでになりましたね。お母さんが大へん泣いておいでですよ。」とネネムが云いました。「いや、全く。実は昨晩も電報を打ちましたようなわけで、実はその、逃げたというわけでもありません。丁度一昨昨日の朝、・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・その人形は、数年前、母に会いたさに父に無断で名古屋に行った時、母に買って貰ったと云うものであった。今度、到底いたたまれないで逃げて来るにもその人形だけは手離せず包に入れて持って来たのだそうだ。 成程古いのだろう。 やすもののその西洋・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 例えば労働者を解雇する場合、工場の生産の低減をしなくてはならぬ已を得ない場合、労働者が工場に対して窃盗を働いた場合、それから三ヵ月以上収監された場合、そういうものは無断で解雇してもよい。そうでなければ労働者同意の上、或る場合は次の職業・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・ 千世子の頭には無断で自分の書いたものを読まれた事に対して何か云わなければならない様な気持が満ち満ちて居た。 けれ共はにかみ屋の小娘の様に口に出しては何事も云わなかった、そして母親と三人で一番近くにあった芝居の話や新らしい書籍の話や・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
出典:青空文庫