・・・旋盤工で、これからどの位出世をするのか分らない大事な一人息子だからと云って、大きな蒲団を運んできたり、暖かい煮物の丼を大事そうに両手にかゝえて持ってきたり、それを特高が拒ばもうがどうが、がなり立てゝ、無理矢理置いて行く。そして次の日には又マ・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・それから十日ほど経って、こんどは大谷さんがひとりで裏口からまいりまして、いきなり百円紙幣を一枚出して、いやその頃はまだ百円と言えば大金でした、いまの二、三千円にも、それ以上にも当る大金でした、それを無理矢理、私の手に握らせて、たのむ、と言っ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・私は、その亭主を、仮にこの小品の作者御自身と無理矢理きめてしまって、いわば女房コンスタンチェの私は唯一の味方になり、原作者が女房コンスタンチェを、このように無残に冷たく描写している、その復讐として、若輩ちから及ばぬながら、次回より能う限り意・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・それが市民としての義務だ、と無理矢理自分に思い込ませるように努力していた。全く、単に話の行きがかりから、私は少年の代りに一夜だけ、高等学校の制服制帽で、葉山家に出かけて行かなければならなくなったのである。佐伯五一郎の友人として、きょうは佐伯・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・――無理矢理、自分に言いきかせながら、ひろい湯槽をかるく泳ぎまわった。 湯槽から這い出て、窓をひらき、うねうね曲って流れている白い谷川を見おろした。 私の背中に、ひやと手を置く。裸身のKが立っている。「鶺鴒。」Kは、谷川の岸の岩・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・なんといったって、私は、ほとんど無一物の戦災者であって、妻子を引き連れ、さほど豊かでもないこの町に無理矢理割り込ませてもらって、以てあやうく露命をつなぐを得ているという身の上に違いないのであるから、この町の昔からの住民に対しては、いきおい、・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・七年前に、私の下手な綴方を無理矢理、「青い鳥」に投書させたのも、此の叔父さんですし、それから七年間、何かにつけて私をいじめているのも、此の叔父さんであります。私は小説を、きらいだったのです。いまはまた違うようになりましたが、その頃は、私のた・・・ 太宰治 「千代女」
・・・いまの私の身分には、これ位の待遇が、相応しているのかも知れない、と無理矢理、自分に思い込ませて、トランクの底からペン、インク、原稿用紙などを取り出した。 十年ぶりの余裕は、このような結果であった。けれども、この悲しさも、私の宿命の中に規・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・長い細い触角でもって虚空を手さぐり、ほのかに、煙くらいの眠りでも捜し当てたからには、逃がすものか、ぎゅっとひっ捕えて、あわてて自分のふところを裁ち割り、無理矢理そのふところの傷口深く、睡眠の煙を詰め込んで、またも、ゆらゆら触角をうごかす。眠・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・数枝に、無理矢理、劇場から引っぱり出され、そうして数枝の悪意ない、ちょっとした巫山戯た思いつきが、高須をここへ連れこんだ、この薄暗いバアは、乙彦と、さちよが、奇態な邂逅したところ、いま自分の腰かけているこの灰色のソファは、乙彦が追いつめられ・・・ 太宰治 「火の鳥」
出典:青空文庫