・・・斯様な批評を下す人は従来日本の女性が魂まで殺戮されて来た半婢半娼の待遇を、家長――男性の女性に対すべき態度だと思い、その無自覚な沈黙と奴隷的な服従とを女性の誇るべき美徳と妄信する輩でございます。彼の渾沌たる智は、「今」に発育しつつある文明の・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・あの心持、正直な稚い夜の恐怖が一寸の間、進化した筈の、慾ばりな大人の魂も無自覚のうちに掴むかと思う。それ故、貨物自動車が尨大な角ばった体じゅうを震動させながら、ゴウ、ゴウと癇癪を起し焦立つように警笛を鳴し立てても、他の時ほど憎らしくはない。・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・心の中で、あらゆる異性に向って動揺するものがすっかり鎮り、落付くだろう。無自覚でするコケティッシュな浮々さが沈み、真個に延るべきものが、ぐんぐん成育するに違いないと信じて居たから、自分は、怯じて居られなかった。 今、恐らく一生、自分は此・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・リアリストとしてのバルザックの偉大さと、その偉大なリアリストが無自覚のうちにわが身を一つの檻にとじこめていた微妙なモメントは、この点から今日の読者にときあかされる。 そして、我々は沁々と考える。時代というものは何と大したものであるか、と・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・若い娘達の生活感情に指針を与えるどころか、彼等自身の足許を、彼女等の示す無自覚なだけ却って抑制のない感情の表現によってぐらつかせられます。人格の陶冶されない男性の共通な癖として、若い女性の気持の夢を認めず、男性同様の現実的慾求が暗示されてい・・・ 宮本百合子 「惨めな無我夢中」
・・・ マトリョーナは黙ってたが、いきなり、ジャガ薯を頬ばりながら、 ――全く我々の親たちは無自覚だ!とうなった。今度はワーニカがだまってる。 ――私、戸籍登記所で改名する! ワーニカは、マトリョーナの赤い頬っぺたと、そこへお・・・ 宮本百合子 「ワーニカとターニャ」
・・・ 家庭婦人たちが、参政権よりも藷を、というこころもちのうちに、しずかに入って行ってみれば、そこは決してただの無自覚といいきれない、「政治」への批判が言葉にいいあらわされないで澱んでいるのだと感じられる。これまでの「政治」は、私たち人民の・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・私共は生きる以上、生物として先ず気温との闘争からはじまる、諸種の社会生活における闘争を無自覚ながらやっている。それが、上にのべた場合には自覚され、目的のきめられた闘争として考えられ、行動に組織されるようにならざるを得ないのです。 ところ・・・ 宮本百合子 「私も一人の女として」
・・・ のみならず顔面のこのような作り方は無自覚的になされ得るものではない。顔面は人の表情の焦点であり、自然的な顔面の把捉は必ずこの表情に即しているのである。ことに能面の時代に先立つ鎌倉時代は、彫刻においても絵画においても、個性の表現の著しく・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
出典:青空文庫