・・・、豪傑ゾロイデ、イヤハヤ我々枯稿連ハ口ヲ出ス場所サエアリマセヌ、一ツ奮ッテナドト思ウコトノナイデモアリマセヌガ、何分オソロシサガ先ニ立チマスノデ、ツイツイ遠クカラ拝見シテイルトイウヨウナコトデ、コレデ無難ニ飯ガクエレバ、コンナラクナ事ハアリ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ まず無難な書き方だ。あとでどう辛辣に変ろうとも、また、そうでなくては「あばく」ことにもならないわけだが、ここらあたりまでは、お前も辛抱できるだろう。もっとも、二つの罰金刑を素っ破抜かれた点は、いくらか痛かろうが……。 嘘も無さそう・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・作品が自ら語ってくれるとやに下っている方が無難でしょう。作中の「私」一つの問題でも、たとえ「聴雨」の続篇を「若草」の十月号に書きましたが、この中に「私」はもう前二作の「私」でない、僕もいろいろに思案もし、迷っているのです。自作を語るどころの・・・ 織田作之助 「吉岡芳兼様へ」
・・・が、もう老い朽ちてしまえば山へも行かれず、海へも出られないでいますが、その代り小庭の朝露、縁側の夕風ぐらいに満足して、無難に平和な日を過して行けるというもので、まあ年寄はそこいらで落着いて行かなければならないのが自然なのです。山へ登るのも極・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・これは最も賢明で本当の仕方であるから、相応に月謝さえ払えば立派に眼も明き味も解って来て、間違なく、最も無難に清娯を得る訳だから論はない。しかるにまた大多数の人はそれでは律義過ぎて面白くないから、コケが東西南北の水転にあたるように、雪舟くさい・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 菊池寛氏が、「まあ、それでもよかった。無難でよかった。」とにこにこ笑いながらハンケチで額の汗を拭っている光景を思うと、私は他意なく微笑む。ほんとによかったと思われる。芥川龍之介を少し可哀そうに思ったが、なに、これも「世間」だ。石川氏は・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・田島は、靴を脱ぎ、畳の比較的無難なところを選んで、外套のままあぐらをかいて坐る。「あなた、カラスミなんか、好きでしょう? 酒飲みだから。」「大好物だ。ここにあるのかい? ごちそうになろう。」「冗談じゃない。お出しなさい。」 ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ 細君の許に送りとどけるのが、最も無難だと思ったのである。私は彼の細君とは、まだいちども逢った事が無い。彼は北海道の産であるが、細君は東京人で、そうして新劇の女優などもした事があり、互いに好き合って一緒になったとか、彼から聞いた事がある・・・ 太宰治 「女神」
・・・今度の地震では近い所の都市が幸いに無難であったので救護も比較的迅速に行き届くであろう。しかしもしや宝永安政タイプの大規模地震が主要の大都市を一なでになぎ倒す日が来たらわれらの愛する日本の国はどうなるか。小春の日光はおそらくこれほどうららかに・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・ 同じ社内にある小さい石の鳥居が無難である。この石は何だろうと云っていたら、居合わせた土地のおじさんが「これは伊豆の六方石ですよ」と教えてくれた。なるほど玄武岩の天然の六方柱をつかったものである。天然の作ったものの強い一例かもしれない。・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
出典:青空文庫