・・・だがそいつはこの新聞で見ると、無頼漢だと書いてあるではないか。そんなやつは一層その時に死んでしまった方が、どのくらい世間でも助かったか知れないだろう。」「それがあの頃は、極正直な、人の好い人間で、捕虜の中にも、あんな柔順なやつは珍らしい・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・その中でもまたおもしろかったのは道化た西洋の無頼漢が二人、化けもの屋敷に泊まる場面である。彼らの一人は相手の名前をいつもカリフラと称していた。僕はいまだに花キャベツを食うたびに必ずこの「カリフラ」を思い出すのである。 二四 ・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・また会社の人達は、ぼくをまるで無頼漢扱いにして皮肉をいう。まア止めましょう。いっそ、桜の花の刺青をしようかと思って居ります。私は子供じゃないんだ。所で、あなたに手紙を書きたかったのは、ぼくはもう文学を止めたいとおもう。それもなんら思想上のも・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・たいていは、無頼漢みたいな生活をしていたのです。芝居なんかで有名な、あの、鼻の大きいシラノ、ね、あの人なんかも当時のリベルタンのひとりだと言えるでしょう。時の権力に反抗して、弱きを助ける。当時のフランスの詩人なんてのも、たいていもうそんなも・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・や贋隠者のあけくれにも似たる生活をしているのだけれども、それ以前の十五年間の東京生活に於いては、最下等の居酒屋に出入りして最下等の酒を飲み、所謂最下等の人物たちと語り合っていたものであって、たいていの無頼漢には驚かなくなっているのである。し・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・私は無智驕慢の無頼漢、または白痴、または下等狡猾の好色漢、にせ天才の詐欺師、ぜいたく三昧の暮しをして、金につまると狂言自殺をして田舎の親たちを、おどかす。貞淑の妻を、犬か猫のように虐待して、とうとう之を追い出した。その他、様々の伝説が嘲笑、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・「うるさいッ……あんな奴らはストライキで飯を食って歩いてる無頼漢だ、何が出来るものか……うるさいから階下へ行ってろ、階下へ行けッてば……」 お初は、仕様ことなく、赤ん坊を抱いて立上ったが、不安は依然として去らない。「あたしはおろ・・・ 徳永直 「眼」
・・・三田派の或評論家が言った如く、その趣味は俗悪、その人品は低劣なる一介の無頼漢に過ぎない。それ故、知識階級の夫人や娘の顔よりも、この窓の女の顔の方が、両者を比較したなら、わたくしにはむしろ厭うべき感情を起させないという事ができるであろう。・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・千束町から土手に到る間の小さな飲食店で飲んでいると、その辺を縄張り中にしている無頼漢は、必折を窺って、はなしをしかける。これが悶着の端緒である。之を避けるには便所へでも行くふりをして烟の如く姿を消してしまうより外はない。当時の無頼漢は一見し・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・ 戦争後に流行した茶番じみた滑稽物は漸くすたって、闇の女の葛藤、脱走した犯罪者の末路、女を中心とする無頼漢の闘争というが如きメロドラマが流行し、いずこの舞台にもピストルの発射されないことはないようになった。 戦争前の茶番がかった芝居・・・ 永井荷風 「裸体談義」
出典:青空文庫