・・・と訊いたという奇抜な逸事を残したほどの無風流漢であった。随って商売上武家と交渉するには多才多芸な椿岳の斡旋を必要としたので、八面玲瓏の椿岳の才機は伊藤を助けて算盤玉以上に伊藤を儲けさしたのである。 伊藤八兵衛の成功は幕末に頂巓に達し、江・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・北野の大茶の湯なんて、馬鹿気たことでもなく、不風流の事でもないか知らぬが、一方から観れば天下を茶の煙りに巻いて、大煽りに煽ったもので、高慢競争をさせたようなものだ。さてまた当時において秀吉の威光を背後に負いて、目眩いほどに光り輝いたものは千・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・家内は、無風流である。「それは、いけないね。くるしいだろうね。」「ええ、とても。困ってしまうの。なるべく思い出さないようにしているのですけれど。いちど、でも、あの卵のかたまりを見ちゃったので、――離れないの。」「僕は、食塩の山を・・・ 太宰治 「春昼」
・・・これも私の、無風流のせいであろうか。 私は、この風景を、拒否している。近景の秋の山々が両袖からせまって、その奥に湖水、そうして、蒼空に富士の秀峰、この風景の切りかたには、何か仕様のない恥かしさがありはしないか。これでは、まるで、風呂・・・ 太宰治 「富士に就いて」
・・・ 試みに審美的のめがねをかなぐりすてて、一つの心理的なからくりの中の歯車や弾条を点検するような無風流な科学者の態度で古人の連句をのぞいてみたらどうであろうか。まず前にも例示した『灰汁桶』の巻を開いて見る。芭蕉の「あぶらかすりて」の次の次・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・這入らない先から聞しに劣る殺風景な家だと思ったが、這入って見るとなおなお不風流だ。しかのみならずどの室にも荷物が抛り込んであってまるで類焼後の立退場のようだ。ただ我輩の陣取るべき二階の一間だけが少しく方付てオラレブルになっている。以前の部屋・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫