・・・しかしついこの間まではやはり焼鳥屋へ出入していた。……「Appearances are deceitful ですかね。」 粟野さんは常談とも真面目ともつかずに、こう煮え切らない相槌を打った。 道の両側はいつのまにか、ごみごみした・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・B 上は精養軒の洋食から下は一膳飯、牛飯、大道の焼鳥に至るさ。飯屋にだってうまい物は有るぜ。先刻来る時はとろろ飯を食って来た。A 朝には何を食う。B 近所にミルクホールが有るから其処へ行く。君の歌も其処で読んだんだ。何でも雑誌を・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・り、僕にとっては、市場に山ほどの品物が積まれてあっても、それを購買する能力は無く、ただ見て通るだけなのですが、それでも何だか浮き浮きした気持ちになり、また、時たま友人たちと、屋台ののれんに首を突込み、焼鳥の串をかじり、焼酎を飲み、大声で民主・・・ 太宰治 「女類」
・・・私は、地下道へ降りて何も見ずに、ただ真直に歩いて、そうして地下道の出口近くなって、焼鳥屋の前で、四人の少年が煙草を吸っているのを見掛け、ひどく嫌な気がして近寄り、「煙草は、よし給え。煙草を吸うとかえっておなかが空くものだ。よし給え。焼鳥・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
私共が故郷の金沢から始めて東京に出た頃は、水道橋から砲兵工廠辺はまだ淋しい所であった。焼鳥の屋台店などがあって、人力車夫が客待をしていた。春日町辺の本郷側のがけの下には水田があって蛙が鳴いていた。本郷でも、大学の前から駒込・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・南フランスから出て来て第一の朝オペラ座の裏の焼鳥屋のようなところで飯をたべる、作家志望の若い貧乏な自分を描いていて、実に情趣ゆたかであった。ドーデエは妻と大変むつまじく暮して、部屋のこちらの端のテーブルについてドウデエが一枚小説をかくと小さ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫