・・・その上主人が風流なのか、支那の書棚だの蘭の鉢だの、煎茶家めいた装飾があるのも、居心の好い空気をつくっていた。 玄象道人は頭を剃った、恰幅の好い老人だった。が、金歯を嵌めていたり、巻煙草をすぱすぱやる所は、一向道人らしくもない、下品な風采・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・が、紅い襷で、色白な娘が運んだ、煎茶と煙草盆を袖に控えて、さまで嗜むともない、その、伊達に持った煙草入を手にした時、――「……あれは女の児だったかしら、それとも男の児だったろうかね。」 ――と思い出したのはそれである。―― で、・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 渠は煙草を嗜むにあらねど、憂を忘れ草というに頼りて、飲習わんとぞ務むるなる、深く吸いたれば思わず咽せて、落すがごとく煙管を棄て、湯呑に煎茶をうつしけるが、余り沸れるままその冷むるを待てり。 時に履物の音高く家に入来るものあるにぞ、・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・四月二十六日 午後T氏がわざわざ用意して手荷物の中に入れて来た煎茶器を出して洗ったりふいたりした。そしてハース氏夫妻、神戸からいっしょのアメリカの老嬢二人、それに一等のN氏とを食堂に招待してお茶を入れた。菓子はウェーファースとビスケ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・とに迅速にして、物理の発明に富むのみならず、その発明したるものを、人事の実際に施して実益を取るの工風、日に新たにして、およそ工場または農作等に用うる機関の類はむろん、日常の手業と名づくべき灌水・割烹・煎茶・点燈の細事にいたるまでも、悉皆学問・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ 女将さんが煎茶道具をもって登って来た。「ようようお見やしたか」「顔違いがしてしもて、偉い難儀しました」 章子が笑いながら京都弁で答えた。「ああなると、どれがどれやら一向分らんようになるなあ」「そうどす、一寸は見分け・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・その時は待合の病人の中を通り抜けて、北向きの小部屋に這入って、煎茶を飲む。中年の頃、石州流の茶をしていたのが、晩年に国を去って東京に出た頃から碾茶を止めて、煎茶を飲むことにした。盆栽と煎茶とが翁の道楽であった。 この北向きの室は、家じゅ・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・その傍に九谷焼の煎茶道具が置いてある。小川は吭が乾くので、急須に一ぱい湯をさして、茶は出ても出なくても好いと思って、直ぐに茶碗に注いで、一口にぐっと呑んだ。そして着ていたジャケツも脱がずに、行きなり布団の中に這入った。 横になってから、・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫