・・・この絢尭斎というは文雅風流を以て聞えた著名の殿様であったが、頗る頑固な旧弊人で、洋医の薬が大嫌いで毎日持薬に漢方薬を用いていた。この煎薬を調進するのが緑雨のお父さんの役目で、そのための薬味箪笥が自宅に備えてあった。その薬味箪笥を置いた六畳敷・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ この煎薬のにおいと自分らが少年時代に受けた孔孟の教えとには切っても切れないつながりがあるような気がする。 時代に適応するつもりで骨を折って新しがってみても、鼻にしみ込んだこの引き出しのにおいが抜けない限り心底から新しくなりようがな・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・ そうかと云ってまた無理やりに嫌がる煎薬を口を割って押し込めば利く薬でももどしてしまい、まずい総菜を強いるのでは結局胃を悪くし食慾を無くしてしまうのがおちである。下手なレビューを朝から夜中まで幕なしに見せられるようなものであろうと思われ・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・全く、婆さんだけの家というのは、何故変に湿っぽいようで、線香のような煎薬のような一種の臭いが浸みついているのだろう。志津は、或る人の世話になって、退屈勝な毎日を送っていた。他に身寄りもないので、彼女は喋りに来るのであったが、天気のどんなによ・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫