・・・邯鄲の秋の午後は、落葉した木々の梢を照らす日の光があってもうすら寒い。「眼がさめましたね。」呂翁は、髭を噛みながら、笑を噛み殺すような顔をして云った。「ええ」「夢をみましたろう。」「見ました。」「どんな夢を見ました。」・・・ 芥川竜之介 「黄粱夢」
・・・目の前にひろげられたのはただ、長いしかも乱雑な石の排列、頭の上におおいかかるような灰色の山々、そうしてこれらを強く照らす真夏の白い日光ばかりである。 自然というものをむきつけにまのあたりに見るような気がして自分はいよいよはげしい疲れを感・・・ 芥川竜之介 「槍が岳に登った記」
・・・毎日きれいに照らす日の目も、毎晩美しくかがやく月の光も、青いわか葉も紅い紅葉も、水の色も空のいろどりも、みんな見えなくなってしまうのです。試みに目をふさいで一日だけがまんができますか、できますまい。それを年が年じゅう死ぬまでしていなければな・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・その娘は何でも目に見えるものを皆優しい両手で掻き抱き、自分の胸に押しつけたいと思うような気分で、まず晴れ渡った空を仰いで見て、桜の木の赤味を帯びた枝の方を見て、それから庭の草の上に寝ころんで顔を熱く照らす日に向けて居た。しかしそれも退屈だと・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・「……諏訪――の海――水底、照らす、小玉石――手には取れども袖は濡さじ……おーもーしーろーお神楽らしいんでございますの。お、も、しーろし、かしらも、白し、富士の山、麓の霞――峰の白雪。」「それでは、お富士様、お諏訪様がた、お目か・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・瞬間に人間の運命を照らす、仙人の黒き符のごとき電信の文字を司ろうと思うのです。 が、辞令も革鞄に封じました。受持の室の扉を開けるにも、鍵がなければなりません。 鍵は棄てたんです。 令嬢の袖の奥へ魂は納めました。 誓って私は革・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・が、唯その桔梗の一輪が紫の星の照らすように据ったのである。この待遇のために、私は、縁を座敷へ進まなければならなかった。「麁茶を一つ献じましょう。何事も御覧の通りの侘住居で。……あの、茶道具を、これへな。」 と言うと、次の間の――崖の・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・そして、月の明るく照らす晩に、海の面に浮かんで、岩の上に休んで、いろいろな空想にふけるのが常でありました。「人間の住んでいる町は、美しいということだ。人間は、魚よりも、また獣物よりも、人情があってやさしいと聞いている。私たちは、魚や獣物・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・ まれには、月の光が、波の上を静かに照らす夜になってから、感がきわまって、とつぜん海の中に身を躍らしたものもあったのです。 生まれ変わるという信仰が、どれほど味気ない生活に活気をつけたかしれません。「死」ということがこんなに、このと・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・すみれは、おりおり寒い風に吹かれて、小さな体が凍えるようでありましたが、一日一日と、それでも雲の色が、だんだん明るくなって、その雲間からもれる日の光が野の上を暖かそうに照らすのを見ますと、うれしい気持ちがしました。 すみれは、毎朝、太陽・・・ 小川未明 「いろいろな花」
出典:青空文庫