・・・そして、昼間は、太陽が、河一面に、火を点したように、明るく照らすでしょう。そうなると、おまえは、じっとしては、いられなくなりますよ。けれど、この水の上へ近く出てごらんなさい。そこにはおまえの大好きな餌が、たくさんに水の中に浮いています。そし・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・雙眼涙を含める蒼ざめた顔を月はまともに照らす。「僕はね、若し彼女がお正さんのように柔和い人であったら、こんな不幸な男にはならなかったと思います。」「そんな事は、」とお正はうつむいた、そして二人は人家から離れた、礫の多い凸凹道を、静か・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・紅葉火のごとく燃えて一叢の竹林を照らす。ますます奥深く分け入れば村窮まりてただ渓流の水清く樹林の陰より走せ出ずるあるのみ。帰路夕陽野にみつ』 自分は以上のほかなお二、三編を読んだ。そしてこれを聴く小山よりもこれを読む自分の方が当時を回想・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・子が鼻歌おもしろく、茶店の娘に声かけられても返事せぬがおかしく、かなたに赤児の泣き声きこゆればこなたには童が吹くラッパの音かしましく、上る兵士は月を背にし自己が影を追うて急ぎ、下る少女は月さやかに顔を照らすが面恥ゆく、かの青年が林に次ぎてこ・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・「名のめでたきは日本第一なり、日は東より出でて西を照らす。天然の理、誰かこの理をやぶらんや」といい、「わが日本国は月氏漢土にも越え、八万の国にも勝れたる国ぞかし」ともいった。「光は東方より」の大精神はすでに彼においてあり、彼は日本主義の先駆・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・客観的な戦争は、探照燈の行った部分だけ青く着色されて映るが、探照燈はすべてを一時に照らすことは出来ない。だから、闇の見えない部分が常に多く残されている。そして若し、別の探照燈で映すならば、現実は、全然ちがった姿に反映するかもしれないのだ。芥・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・、二本松郡山の間にては幾度か憩いけるに、初めは路の傍の草あるところに腰を休めなどせしも、次には路央に蝙蝠傘を投じてその上に腰を休むるようになり、ついには大の字をなして天を仰ぎつつ地上に身を横たえ、額を照らす月光に浴して、他年のたれ死をする時・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
一 何もない空虚の闇の中に、急に小さな焔が燃え上がる。墓原の草の葉末を照らす燐火のように、深い噴火口の底にひらめく硫火の舌のように、ゆらゆらと燃え上がる。 焔の光に照らされて、大きな暖炉の煤けた・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・それが一階の右の方の窓を照らすかと思っていると急に七階の左の方へ飛んで行く。そうかと思うと、ゆらゆらとゆれ動きながら三階の窓を片端から順々に照らして行くのである。誰か旧魚河岸の方の側で手鏡を日光に曝らしてそれで反射された光束を対岸のビルディ・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・このような科学者と芸術家とが相会うて肝胆相照らすべき機会があったら、二人はおそらく会心の握手をかわすに躊躇しないであろう。二人の目ざすところは同一な真の半面である。 世間には科学者に一種の美的享楽がある事を知らぬ人が多いようである。・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
出典:青空文庫