・・・ しばらくの後、そこには絹を張ったような円錐形の嚢が一つ、眩いほどもう白々と、真夏の日の光を照り返していた。 蜘蛛は巣が出来上ると、その華奢な嚢の底に、無数の卵を産み落した。それからまた嚢の口へ、厚い糸の敷物を編んで、自分はその上に・・・ 芥川竜之介 「女」
・・・従ってもし読者が当時の状景を彷彿しようと思うなら、記録に残っている、これだけの箇条から、魚の鱗のように眩く日の光を照り返している海面と、船に積んだ無花果や柘榴の実と、そうしてその中に坐りながら、熱心に話し合っている三人の紅毛人とを、読者自身・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・「けれども猿沢の池は前の通り、漣も立てずに春の日ざしを照り返して居るばかりでございます。空もやはりほがらかに晴れ渡って、拳ほどの雲の影さえ漂って居る容子はございません。が、見物は相不変、日傘の陰にも、平張の下にも、あるいはまた桟敷の欄干・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・水のように澄みきった秋の空、日は一間半ばかりの辺に傾いて、僕等二人が立って居る茄子畑を正面に照り返して居る。あたり一体にシンとしてまた如何にもハッキリとした景色、吾等二人は真に画中の人である。「マア何という好い景色でしょう」 民子も・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・この石の中ほどにたしか少しくぼんだところがあって、それによく雨水や打ち水がたまって空の光を照り返していたような記憶がある。しかし、ことによるとそれは、この石の隣にある片麻岩の飛び石だったかもしれない。それほどにもう自分の記憶がうすれているの・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・道ばたの田の縁に小みぞが流れているが、金気を帯びた水の面は青い皮を張って鈍い光を照り返している。行くうちに、片側の茂みの奥から道を横切って田に落つる清水の細い流れを見つけた時はわけもなくうれしかった。すぐに草鞋のまま足を浸したら・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・天気のよい日、磨かれた靴が特に光り、日を照り返して捩くれるのを見ると、私の心は云いようもなく重く悲しく、当のない憤懣を感じずにはいられないのである。――思うと笑わずにはいられない。 先生や友達の個人的な思い出は抜き、次に印象深いのは、お・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・ましてインテリゲンツィアの女のひとが、とかく抽象的に自己完成のための仕事を偏重して、それを正々堂々と職業として、それ相当な社会的評価を求めようとしなかった傾向はふるい社会の通念を計らずも裏から合せ鏡で照り返しているようなものだといえます。・・・ 宮本百合子 「現実の道」
・・・ 文学作品の本質は、この文化勲章の場合のように文学と当代の文化政策との関係の中に反映されるばかりでなく、小説が現実を反映し自然また現実へも照り返してゆく本質を持っているということは、文学自体の発展の問題の中にも、歴史の一定の時期には微妙・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・そして其丈の否定が私の心に意識される以上、私自身の裡に、如何程明瞭に、恐ろしい程明瞭に照り返して居るかと申す事は御分りになりますでしょう、皆の努力でございます。各自の心が、真剣に鞭撻し沈思すべき一生の問題でございます。私は、総ての魂の上に、・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫