・・・それがまた逆に彼の慾情を煽りたてた。が、彼はただ単純に、それだからといってこういう所へは来れなかった。彼は出かけることもあった。が、結局何もせずに帰った。それは普通いう「道徳的意識」からではなしに、彼の金で女の「人間として」の人格を侮辱する・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・浪は浪を呑み、捲き、煽り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はメロスも覚悟した。泳ぎ切るより他に無い。ああ、神々も照覧あれ! 濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。メロスは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のよう・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・その無名氏なるものがカイザー・ウィルヘルム二世であることが誰にも想像されるようにペンク一流の婉曲なる修辞法を用いて一座の興味を煽り立てた。 ペンクは名実共にゲハイムラートであって、時々カイザーから呼立てられてドイツの領土国策の枢機に参与・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・ 四年後のオリンピック東京招致に亢奮した感情や、今回のベルリン・オリンピックに出場した日本選手に対する感情、又一般にひきくるめて日本の役人たちがオリンピックに対して一般民衆の感情を向けようとして煽り立てたその方向や現実の結果について、・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・正当なはけ口を見出せない母の熱情が、いきなり妙な方向へふき出す時、その焔の一番あぶない煽りをうけるのは常に父や私であったが、特に私は、おおこわい! と横とびに飛びのきながら、母が可笑しな風にむきになるのを愛し、悦び、笑い、時々はそっと忍びよ・・・ 宮本百合子 「母」
・・・私は自分の裡に辛うじても保つ、微かな燈火が、自らの煽りに燃え尽きて仕舞う事を杞れる。 宮本百合子 「無題」
・・・重工業の大工場は今更ラジオとさわぎはしないのであるし、景気の煽りで夜業しているような民間小工場では、ラジオをきいている暇もない、であろうから。 こういう細かい生活の実況であるにもかかわらず、総体としてラジオが益々大勢にきかれるようになっ・・・ 宮本百合子 「「ラジオ黄金時代」の底潮」
・・・野心家はますますそれを煽り立てて行く。その結果、大将は、智謀を軽んじ、武勇の士をことごとく失ってしまうことになる。なぜかと言えば、侍のうち、「剛強にして分別才覚ある男」は、上の部であるが二%にすぎず、「剛にして機のきいたる男」は、中の部であ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・大塚先生の講義はその熱烈な好学心をひしひしと我々の胸に感じさせ、我々の学問への熱情を知らず知らずに煽り立てるようなものであったが、それに対して岡倉先生の講義は、同じく熱烈ではあるがしかし好学心ではなくして芸術への愛を我々に吹き込むようなもの・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
出典:青空文庫