・・・の駆使に熟達した映画監督の資格を同時に具えていなければならない。そういう人はなかなかそう容易く見附かるものではない。現在ドイツのウーファがこの点でほとんど独り舞台を見せているが、近頃のロシアの「婦人の衛生」などもこの点で著しい傑作であった。・・・ 寺田寅彦 「教育映画について」
・・・ これは日本と関係のないよその話ではあるが、自分の知るところでは一九一〇年ごろのカイゼル・ウィルヘルム第二世は事あるごとに各方面の専門学術に熟達したいわゆるゲハイムラート・プロフェッソルを呼びつけて、水入らずのさし向かいでいろいろの科学・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・用がないから習わない、習わないからたいそうむつかしく恐ろしく近づき難いもののように思われ、従ってそれに熟達した人がたいそうえらいものに見え、それでつづられた文章がたいそうありがたいもののように見えてくる。読んでみると実はたわいのないようなく・・・ 寺田寅彦 「数学と語学」
・・・そのうちで日本人の訳者五名の名前を見るといずれも英語にはすこぶる熟達した人らしく思われるが、しかし自身で俳諧の道に深い体験をもっているのかどうか不明な人たちばかりのようである。残りの十人の外国人ももちろん自身に俳句らしい俳句を作ったことのな・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・ このような選択過程はもちろん作者が必ずしも意識して遂行するわけではないが、しかしそういう選択の能力は俳句の修業によって次第に熟達することのできる一種不思議な批判と認識の能力である。こういう能力の獲得が一人の人間の精神的所得として、そう・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ 当時の運動の困難な状態が、運動に熟達していないわたしにまで過分な責任をわけ与えた。作家であるわたしが、指導的なジェスチュアなどというものを知らず、同志とよばれるものの具体性さえ知らないで、未熟さをむき出しに心情的に行為したことについて・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ 尊敬すべき農夫は、決して土をうなう手練の巧妙と熟達とを、仲間に誇ろうとはしないだろう。土を鋤く事は、よい穀物を立派に育てる為なのだと云う事を知っているのだ。 ○ 私が去年の夏行っていた、或る湖畔には、非・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
・・・ 生れつき非常に感覚的な、多彩なゴーリキイが既にロシアの現実的情勢におくれはじめたナロードニキの学生達の観念とヴォルガとの間で揺れ、言葉のからくりの熟達者であった当時のインテリゲンツィアに対し、秘かに、だが、頑強に民衆の真情、飾らぬ言葉・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・婦人がその仕事に熟達し、女としての経験もゆたかになり、成人しかかる子供たちの教育費に多くの費用がいる時期、妻・主婦・母として一番経済的負担の重い四十歳を越すと、停年である。印刷工場などでは、その先そこにつとめようとすれば、未熟練工なみにおと・・・ 宮本百合子 「離婚について」
・・・あれほど一字一句の使い方、置き方に気を配った歌、あれほど浮いたところのない、中味のびっしりとつまった歌、またあれほど濃かいニュアンスを出した歌が、技巧に熟達せずに作れるものではない。しかし先生の歌は、その巧みさを少しも感じさせないほど巧みな・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫