・・・左手には溪の向こうを夜空を劃って爬虫の背のような尾根が蜿蜒と匍っている。黒ぐろとした杉林がパノラマのように廻って私の行手を深い闇で包んでしまっている。その前景のなかへ、右手からも杉山が傾きかかる。この山に沿って街道がゆく。行手は如何ともする・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
一 ぽか/\暖かくなりかけた五月の山は、無気味で油断がならない。蛇が日向ぼっこをしたり、蜥蜴やヤモリがふいにとび出して来る。 僕は、動物のうちで爬虫類が一番きらいだ。 人間が蛇を嫌うのは、大昔に、まだ人間とならない時代の・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・鳥の先祖は爬虫だそうであるが、なるほどどこか鰐などの水中を泳ぐ姿に似たところがあるようである。もっとも親鳥がこんな格好をして水中を泳ぎ回ることは、かつて見たことがない。この点ではかえって子供のほうが親よりも多芸であり有能であるとも言われる。・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・何かしら獣か爬虫のうちによく似た感じのものがあるのを思い出そうとして思い出せなかった。 近ごろあるレストランで友人と食事をしていたら隣の食卓にインドの上流婦人らしい客が二人いて、二人ともその額の中央に紅の斑点を印していた。同じ紅色でも前・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ ところが先頃ゴビの沙漠の砂の中から地質時代の大きな爬虫のディノソーラスの卵を発見した米国の学者達は、今度はまた中部アジアの大沙漠へ、地質時代の人間の祖先の骨を捜しに出かける準備をしている。なんでも駱駝を二百匹とか連れて何年がかりとかで・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・いいや、そうじゃない、白堊紀の巨きな爬虫類の骨骼を博物館の方から頼まれてあるんですがいかがでございましょう、一つお探しを願われますまいかと、斯うじゃなかったかな。斯うだ、斯うだ、ちがいない。さあ、ところでここは白堊系の頁岩だ。もうここでおれ・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
出典:青空文庫